第27話

 ドーンという音ともに、カリスたちの乗る馬車にいきなり衝撃が走った。

「何だ?!」

グラディウスが思わず外に飛び出そうとする。

「不用意に出るな!」

カリスが言い終わるより先に、彼は馬車から飛び降りていた。

 地面に着地するやいなや、黒い影がものすごい速さでグラディウスを吹っ飛ばす。

「グラディウス!!」

カリスが弓矢を取り馬車を降りると、黒い大きな魔物がグラディウスを組み伏している。

「くそっ!」

カリスが立て続けに放つ矢を、黒い魔物は驚異的な反射神経と運動能力で全て回避してしまった。

 そして、カリスが弓を引く手を止めたと見ると、魔物も立ち止まり、こちらの様子を観察し始めた。

「グラさん!」

ケイコがグラディウスに駆け寄る。他のみんなも降りてきた。

「大丈夫か?!」カリスは魔物から目を離さずに聞いた。

「——ああ、生きてる。だけど、さっきの体当たりで体がまだ思うように動かねぇ。こいつは何て魔物なんだ?」

「リグリン。見ての通り、速さなら、こいつの右に出るものはいない」

「カリスさん、戦術をください!」

ホクトの言葉に、カリスは必死で頭を回転させた。

「全員、グラディウスの側に固まってくれ。ホクトとケイコでグラディウスを守る。わたしとミナミで牽制する。そしてマモル、君が一番重要だ」

「僕?!」

「奴の攻撃を受けて反撃するんだ。わたしたち四人じゃ奴を捕らえられない。後の先を取るしかない。大丈夫、支援する」

「お前ならできる。俺が教えたことを思い出せ」

グラディウスはまだ苦しそうに胸を押さえていた。もし、肋骨を折っていたりでもしたら大事だ。肺に刺さったりしたら、命にかかわる。

「……よし! 了解!!」

マモルは一瞬で決意を固めた。自分がやるしかない、マモルにそう思わせるに十分な状況だった。

 彼を前面に押し出し、カリスとミナミが両脇につく。

 マモルは、左手に携えた丸く大きな盾を身体にピッタリ付くように構え、さらにそれを右手で支えた。グラディウスすら吹き飛ばした体当たりの衝撃に備えるためだ。カッと目を見開き、相手の動きを少しも見逃すまいとしている。

 リグリンは左右に歩きカリスたちの隙を伺っているようだったが、やがて動きを止めた。正面突破しかないと悟ったらしい。

「来るぞ……」とカリスが呟く。

リグリンは黒い風となってマモルに遅いかかった。

バシィン!!

リグリンが盾に衝突した。——と同時に、目にも留まらぬ早技で、すでに奴の喉元にはマモルの短剣が刺さっている。

 手痛い反撃にリグリンは距離を置こうとするが、脚が凍って動かない。ミナミの凍結魔法だった。

「っしゃああ!!」

マモルは残り二本の短剣を続け様にリグリンへ突き立てた。

「グォオオオオンッ!!」

断末魔の叫びを上げるその首を、ケイコの薙刀が断つ。傷口から夥しい血を吹き出し、リグリンの首なしの胴体はどさりとその場に倒れた。

「やった……。やった!!」

マモルが拳を突き上げた。

「やったな!!」ホクトが駆け寄り抱きつく。

「やった、師匠!!」

「インパクトの瞬間に押し出すことで、奴の攻撃のタイミングをずらして勢いを削ぐ、と同時に隙を生み出す。素早く短剣を突き、尚且つ手首を捻ることで相手の傷口を広げる。全て完璧だった。俺の教えた通りだ」

グラディウスが満足そうに言った。

「やった……。初めて魔物を倒した。初めて人の役に立った……」

マモルは涙を流していた。

「立てるか?」

カリスはグラディウスの腕を自分の肩に回し、彼の身体を支えて立ち上がらせた。ホクトも、もう片方の腕を自分の肩に回す。どうやら、グラディウスの怪我は大事には至らなかったようだ。

「ちゃんと気をつけて行動しなさいよ、このバカ!」

ケイコは顔をくしゃくしゃにして泣いている。

「カリスさん、グラさん——」ホクトが横にいる二人の顔を交互に見た。「僕たちの結論を伝えます。僕たちは、あなたたちがお尋ね者でも、パーティーを追い出すようなことはしません」

マモル、ケイコ、ミナミの三人も、カリスとグラディウスに視線を注いでいる。

「でも、今後、どうしても無理な状況に陥ったら、僕はあなたたちを見捨てます。そして、ミナミを連れてもとの世界に帰ります。そこはわかってください」

カリスは無言で首を縦に振った。

「帰る? お前たちは向こうの世界に帰ることができるのか?」

グラディウスが目を丸くする。

「ええ、カリスさんは知っていますが、僕たちは好きな時に向こうの世界に帰ることができます」

それを聞いて不安そうな視線をケイコに送った。

「わたしは帰らないわ。グラさんといるって決めたから」

ケイコは涙を拭った。

「いいのか?」

「もちろんよ。わたし、ずっと激しい恋愛に憧れていたけど、向こうの世界で、そんな相手は見つからなかった。あなたは、わたしが初めて見染めた人なの。絶対に諦めないわ」

「お前は、本当にいい女だな」

グラディウスはふらふらと歩き、ケイコを抱きしめた。

「僕は、その時になってみないとわからない。優柔不断で悪いけど、とても今は決められない」

今の一戦でマモルは大きく成長した。さっきとは違う、たくましい顔つきになっている。

「それでも良ければ、僕たちと旅を続けてください」

ホクトはカリスに握手の手を差し出した。

 カリスはその手を握り返すことなく、その場に腰を下ろした。

「わたしからも話がある。聞いてほしい」

全員の視線がカリスに注がれる。

「いつも言っている通り、わたしはこの世から魔物を駆逐することを目標にしている。そのために、君たちにお願いがある。わたしを、君たちの世界に連れて行ってほしい」

カリスはこれまで話さなかったプランCの詳細を話した。

 しばらく考え込んだ後、ホクトがハッキリとした口調で断った。

「カリスさんの目標は応援するし、その計画も理解できます。でも、あなたを向こうの世界に連れ込むことはできません」

「向こうの世界には、この腕輪がないと帰れないの。協力したいのはやまやまだけど、カリスさんを連れて行くと、誰かがここに残ることになっちゃいます」

ミナミが左の腕輪を指し示した。

「わたしのを使って。わたしは戻るつもりなんてないし」

腕輪を外そうとするケイコをホクトが制した。

「そういう問題じゃない。ここの住人を向こうに連れ込むのは禁じられている。僕はリーダーとして、みんなを犯罪者にはできない」

「それはそうだけど……。それでもなんとか協力してあげられないかな? ねぇ、お兄ちゃん——」

「ダメだ」

「そんな……」ミナミは俯いてしまった。

「カリスさんはそれが目的で僕たちに近づいたのか? もしかして師匠も?」

マモルが真剣な眼差しを二人に向ける。

「——わたしはそうだ。でも、グラディウスは違う。計画も、今、初めて聞かせた」

それを聞いて、ミナミが悲痛な顔をした。

「カリスさんは、わたしたちを利用するためだけに近づいたの? 違いますよね?」

その目は涙で潤んでいた。

「そういうことになる。申し訳ないが……」

「わたしたちのこと、仲間と思ってなかったの? 好きじゃないの?」

「好き? 好き嫌いが何か関係するのか?」

「関係するよ! 一緒に旅をしていたんだから!」

ミナミは泣きながら馬車に戻っていった。

「……カリスさん、どうしますか? 僕はあなたに腕輪を渡すつもりはない。それでも一緒に旅を続けますか?」

「……わかった。旅を続けさせてくれ。腕輪のことは忘れる」

「わかりました」

「それから——、今さら信じてもらえないかもしれないけど、君たちのことは好きだ。全員に愛すべきところがあると思う。初め、利用する目的で近づいたのは事実だ。でも、今では、このパーティーに声をかけてよかったと思っているよ」

一行は馬車に乗り込み、再び進み始めた。


「納得できないわ!」

夕暮れ、野営の準備をしていると、不意にケイコが立ち上がりカリスに詰め寄った。

「あんな言い方で、みんな——というかミナミを不安にさせて。『全員に愛すべきところ』って何? 一人一人具体的に言いなさいよ!」

「え? どうして急に?」

カリスは呆気にとられた。

「カリスさんには、みんなに信用してもらえるよう説明する義務があるわ。はい! 先ずはわたしから!」

「え? えーと……」

「早く! 『愛すべきところ』とやらを、ちゃんと説明しなさい!」

気づくと全員が自分を見ている。それはまあ、当然だ。

「ケイコはキレイだし、強いし、潔く即断即決できる。危険な旅の途中でもみんなのことを気にかける思いやりと、気持ちの余裕があって、……それから、愛情深い、かな」

面と向かって他人を褒めたことなど、ほとんど経験がない。かいたことのない種類の汗が、額に浮かんでくる。

「まったく! 自分で言っておいて、何を照れているのよ。いいわ。次、ホクト!」

「ホクトは控えめだけど、自分の役割に忠実で責任感が強い。一度決めたことなら、最後までやり遂げられる意志の強さもあると思う。それから、ケイコとグラディウスのことや、マモルの成長とか、仲間のことを自分のことのように喜び祝福できる優しさがある」

「よしよし。よかったわね、ホクト。じゃ、マモル!」

「マモルはグラディウスと訓練するようになって、目つきが変わった。誰より強い成長への意志を感じる。今日の戦いで、ここ一番の勝負強さと、胆力を備えているのがわかった」

「よし。じゃ、わたしのグラさん!」

「え? グラディウスもなのか?」

「当たり前よ。グラさんにも計画を黙っていたなんて」

「グラディウスは、めっぽう強い。それから、バカだけどバカじゃない。弱いものを助ける男気があるし、いつも前向きでいられる天性の明るさがある」

「さすが、素敵ね。最後、ミナミ」

「ミナミはどこかのんびりしていて癒される。みんなのことを本当によく観察していて、些細な変化にも気づく繊細さがある。他人の感情に共感することができて、それに救われる人も多いと思う」

「——ふん! まあ、合格ね。今度から口の利き方に気をつけて」

「ゴメンナサイ」

重苦しかった空気が、夕食時にはすっかり無くなっていた。

 こうやって、みんなの気分を明るくすることが、ケイコの目的だったのだろうか? だとすれば、見事に成功したことになる。


 その夜、カリスは生まれてこの方、一番頭を使った。腕輪がないと向こうの世界には行けない。でも、手に入らない。

 王都では、デスラがプランCの発動を待っている。

 カリスは文字通り頭を抱えた。

(ダメだ、やっぱり他の案は思いつかない……)

 やがて意を決すると、カリスはみんなに気づかれないよう、密かに地図に細工を施すのであった。

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