第28話
朝、デスラはリシュー宰相の執務室へ出向くよう言われた。
「科学技術局局長のトマス=デスラじゃ。招聘に応じ参上した」
部屋に入ると、リシュー宰相の他に、人事院のアウスラ=デンと、グラーゼ本家次男すなわちマロンの弟であるバナー=グラーゼが控えている。
その面子を見て、デスラは自分が呼ばれた理由を即座に察した。
「局長交代、ということじゃな? 後任ほバナー=グラーゼ殿か」
「その通りです。デスラ殿、永きに亘りご苦労様でした」リシューが指を組んだまま弄んでいる。
「グラーゼ殿が科学技術に対する知見をお持ちとは知らなんだ」
「いえ——」とバナーはマロンにそっくりの笑顔で答える。「若輩者故、先輩方にお力添えをいただきながら、職務を全うしたいと思っております」
「左様か」とデスラは興味無さそうに応じた。「で、次に儂はどんな仕事をすればいいのかの?」
「デスラ殿はもうお年だ。退官されるのがよろしかろう。土地に帰り、ゆっくり隠居されてはどうかな?」
「いやいや、儂はまだまだ働けるぞ。何か官位をくれんかの?」
「そう仰られても、お願いできる職位がございません」人事院のデンが横から口を挟む。
「……そうか。残念じゃ。実家は貧乏貴族じゃから、自分の食い扶持くらいは自分で何とかしたかったのじゃが……」
「ご期待に添えず、申し訳ありません」
「そうじゃ!」とデスラは膝を叩いた。「あれはどうかの? 戦後、空席になっておる——」
「外交局ですか? しかし、王国が世界を統一してからは外交などありませんから、何の仕事もありませんよ?」
「構わん構わん。寧ろ気楽でいいわい」
デンがリシューの顔を伺う。
「そこまで仰られるのなら、いいでしょう。名誉職のようなものですが——」
「かたじけない」
「この人事、わたしが差配したことをゆめゆめ忘れぬようしていただきたい」
「わかっておる。困りごとがあったら、何でも命じてくれ」
それを聞いて、リシューはニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
「それでは早速——。叛逆者のマクシミリアン=グラディウスとカリス=ニコラウスが未だ逃亡を続けている。行先をご存知ないですかな?」
「実は、当日の夜、ニコラウスが家を訪ねてきた。確か、異世界転生者のパーティーに紛れて逃げるつもりと言っておった。……儂は奴と懇意にしておったから、少しばかり金を渡して逃したのじゃ。今思い返すと、逃亡幇助じゃな。申し訳ない」
デスラは深く頭を下げた。
「奴らの目的や、逃げた方向はわかりますか? 特にニコラウスは魔物掃討にかなりの情熱を燃やしていた。このまま引き下がるとは思えませんな」
「何やら計画があるとは言っていた。詳細はわからんが。魔物を食用や工芸用に利用する術を、地方に波及させるべく奔走するつもりじゃなかろうか」
「そうですか。わかりました。万一、奴らから接触があれば知らせていただきたい」
「それはもちろん」
「外交局の執務室は、総務局に命じて明日中には用意します。それから、外交局はデスラ殿一人で、部下をおつけすることはできない。それで構いませんか?」
「承知した」
その日は、一日を科学技術局局長の職務をバナーに引継ぐことに費やした。
翌日に案内された外交局の執務室は、手狭な机と書類棚しかない一室だった。窓もない。会議室か何かを突貫で転用したのだろう。
(秘密の作業には持ってこいの環境じゃな)
デスラはプランCの準備を進めることにした。といっても、やることはただ一つ、書類をでっち上げることだ。
それにしても、と昨日のやりとりを思い返す。リシューは、やけにあっさりと自分を手駒にできたと思い込んだものだ。彼もグラーゼを脅威に思っているに違いない。何しろ、魔物対策局局長、国軍総統に続いて科学技術局局長の地位まで占めるのだ。次は自身の番ではないか、と戦々恐々だろう。
少しでも味方を増やしたがっていたのが、デスラには幸いした。
カリスとグラディウスについても、身柄の拘束につながるような情報は与えていない。もちろん、プランCに関しても……。
デスラはスラスラと一枚の書面を書き上げ、署名した。後は、国王の印璽を捺印するだけだ。
(ここからが難題じゃな)
尚書院、中でも国王印璽を担当するユラ=アスハは堅物で知られる。しかし、手はすでに考えてある。もちろん、真っ当な方法ではない。
デスラは執務室を出て、近くの窓辺に立った。遠い空の先を眺める。何より、カリスとグラディウスの無事が気がかりであった。
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