第24話

 カリスたち一行は、街を出て引き続き北に進路をとった。

 カリスとホクト、ミナミが同じ馬車に、残り三人がもう一つの馬車に搭乗。こっちの手綱はホクトが握っている。

 カリスは流れる景色を眺めていた。馬を操っている間はあまり気にならないが、移動は基本的に暇だ。次の街までは相応に距離がある。おそらく二、三日はかかるだろう。

 何もすることがない。かといって、いつ魔物が出てくるともしれないから、警戒は怠れない。

「ミナミは何が楽しくて旅を続けてるんだ?」

カリスは隣に座っているミナミに話しかけた。

「わたし? そうだなぁ、こうやって景色を眺めるのとか、好きですよ」

「そうなのか? 面白味のない平凡な風景だと思うけど」

「この世界の人にとっては、そうかもしれませんね。でも、わたしたちには新鮮に写ります」

「どのあたりが?」

「そうですね……、空が広くて、地平線があって、緑に囲まれてて、たまに生き物の声が聞こえて、草の香りがする風が吹いてて——、全部ですね」

「ミナミたちの世界は違うのか?」

「特にわたしが住んでいた辺りは違います。地面がみんなアスファルトっていう暗い石みたいので覆われてて、高くて四角い建物がびっちり立ってて、空が狭いんです」

「そうなのか——。でも、それが嫌なら、こっちの世界みたいな環境に変えるといいんじゃないのか? そっちの世界の方が技術が進んでいるんだし、そういうこともできるんだろう?」

ふるふるとミナミは首を振った。

「すごく昔は、わたしたちの世界もこういう環境だったんです。それを、自分たちの手で変えてしまいました。その方が色々と便利だから。一度、便利な生活をしてしまうと、元に戻るのが怖くなるんです」

「それは、わかる気がするなぁ」

カリスは王都を思い描いた。人の手がたくさん入った街の方が、確かに便利だ。ミナミが言っているのはそういうことなんだろう。ただ、便利になった環境を疎ましく感じて、自然のままの環境に焦がれる気持ちは何とも共感しにくい。便利な方がいいに決まっているのに、とカリスは思った。

 きっと、向こうの世界の住人は、今の自分のような感覚で身の回りを開発してきたのだ。だとすれば、技術が進んだ遠い将来、この世界の住人も自然を懐かしむ時代が来るのかもしれない。

(そうか!)

カリスは気がついた。これまで無数に面談してきた異世界転生者。彼らの大多数に感じた、どこか鼻持ちならない感覚。それは、彼らは、こっちの世界の人間が人類として自分たちより経験が浅いと考えていて、意識的・無意識的に見下しているのだ。

「どうかしましたか?」

気づくとミナミが顔を覗き込んでいた。

「いや、何でもない」

「そういえば、グラさんって、おケイのことが好きなんですね」

彼女の顔がぱっと明るくなる。

「ああ、そうだな。グラディウスから聞いたのか?」

「いいえ。見ていればわかります」

「ミナミはグラディウスのことをよく見てるんだなぁ。好きなのか?」

「違いますよー」とミナミは両手を振った。「別に注意して見なくても一目瞭然ですっ。それに、わたしが好きなのは、もっと思慮深い人ですから」

さらっと失礼なことを言う。まるでグラディウスが何も考えてない人間のようだ。

「あいつ態度に出てる? 特にそんな素振りを見せてないと思うんだけど」

「いいえ、ばっちりわかりますよ」

「へぇ。で、ケイコはグラディウスのこと、どう思ってるんだ? 脈はありそうか?」

「うーん、秘密です」

ミナミは人差し指を口に当てた。

 秘密ってことは脈アリだな、とカリスは思った。後でグラディウスに教えてやろう。

 その時、前の馬車から当のグラディウスの声がした。

「おーい、前方にゴトラが一匹いるぞ!」

「どうします?」ホクトが振り向いて言った。

「捕らえよう。石鹸を作る」

王都から離れ、まだこのあたりの街には、魔物を生活に利用する習慣が伝わっていない可能性が高い。もしそうなら、その人たちの認識を変えたい。

 それに、六人の旅は費用がかさむ。石鹸なら食べ物と違って腐らないから、あらかじめ作っておけば、好きな時に売って糧にすることができる。

 カリスは矢に毒を塗り、弓を携え馬車を降りた。ゴトラはこちらに気づいて、向かってきている。ただ、その足は遅い。

 カリスは弓を引き絞り、狙いを定め、矢を放った。矢はぶすりとゴトラの頭部に突き刺さる。

 血抜きをし、馬車に繋いだ。重くて馬車に乗せられず、野営の準備をするまで引きずるしかない。

「で、何の話をしてたっけ?」

馬車は再び走り出していた。

「グラさんとおケイのことです」

「ああ、そうだった。グラディウスとケイコは上手くいくと思う?」

「んー、もし上手くいっても、わたしたち、いつか帰らないといけないから——」

「ミナミ!!」

御者を務めていたホクトが珍しく声を荒げた。

「あっ!」とミナミは口を手で押さえ、大きく目を見開いた。

 帰らないといけない、とミナミは言った。それはつまり、帰ることができる、その手段を持っている、ということだ。

 カリスの予想通りだった。異世界転生者はどこかフワフワして、地に足がついていない。本来、魔王を倒す旅に出るというのは、もっと大変で、命懸けの取り組みのはずだ。でも、彼らを見ていると、どうもそうは見えない。少なくとも、この場所で生きて死ぬ、という感覚がないように思える。

 これでようやくハッキリした。プランCは実行可能な作戦だ。

(ここで話を持ちかけるべきか? いや、まだだ。まだ信頼関係が不十分だ)

「ホクト、どうしたんだ?」

カリスは何も気づかなかったふりをすることにした。

「いや、噂話が過ぎると、グラさんやケイコもいい気がしないだろうと思ったから——)

「それもそうだな。わたしも二人の話題はもう止めるよ」

「ええ、そうしてください——」

気まずい雰囲気に誰も口を開かなくなったので、カリスは外の風景を眺めるしかなくなった。

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