第40話

 ニューヨーク国連本部から成田に降り立つと、スマホが鳴った。

「やあ、カリス」

マロンの声だった。

「どうやってこの番号を知った?」

「そんな些末なこと、どうでもいいじゃないですか。それより、陛下を逃がす決心はつきましたか?」

「どうして逃すと思うんだ?」

「それがあなただからです。現政府の足かせになるとわかっていても、みすみす見殺しになんて、できないでしょう? 十年近く一緒に働いたんです。それくらいわかりますよ」

マロンは見透かしていた。最近、よく言葉を交わすようになり、尚さらユーゼを助けたいと思うようになっている。

「こっちでは救出の段取りを進めています。然るべき時が来たら、あなたにやってもらうことをお知らせしますね」

「段取りをとは何だ? わたしに何をさせる気だ?」

マロンは答えることなく、一方的に通話を切った。

「くそっ——」

何か手を考えないと、マロンたちが救出作戦を実行してしまう。

 それがもし、貴族たちが私兵を引き連れて王都に攻め入るような作戦なら、多くの被害が出るだろう。今や、こっちの世界から現代兵器を購入することが可能なのだ。これまでにない悲惨な戦争になるかもしれない。

 スマホを仕舞い、空港を歩いていると、大きな人だかりができていた。手に色とりどりのプラカードを持ち、カメラを構えている人も多い。

ワーッ! という歓声が上がる

 彼らの視線の先には、一人の女性の姿があった。

「あれはなんでしょうか?」

護衛の一人がカリスに尋ねる。

「アイドルだな」

「あいどる?」

「歌や踊りなんかの芸能活動をする人だよ」

「そうですか——」

通り過ぎようとした時、カリスは群衆の中に知った顔を見つけた。

「マモル?」

「カリスさん!」

「久しぶり、その……、元気にしていたか?」

あの夜のことが思い起こされる。三年以上が経っていた。

「元気だよ。ホクトとミナミも」

マモルは以前と変わらない。強いて挙げれば、また少し太ったくらいだ。

「あの時はすまなかった。他に方法が思いつかなかったんだ……」

「心配したよ。ケイコも帰ってこないし。それが、ちょっとしたら、あんたがこっちの世界に来たじゃないか。本当にビックリしたよ」

「おかげで国を解放することができた。魔物は——、今となっては観光資源の一つだから駆逐はできないが、適切に管理されるようになった」

「知ってるよ。せっかく再会したんだ。ウチに寄って行く? ホクトとミナミも会いたがってる」

「そうさせてもらおう——」

カリスは護衛の一人を帰して連絡役にすると、残りの護衛を引き連れ、マモルとタクシーに乗った。

 マモルの家は、東京郊外のマンションの一室だった。

「ホクトとミナミはもうすぐ来るってさ」

カリスは護衛を見張りに立たせ、マモルの家に入った。

(緊張する……)

各国の首脳とも対等に渡り合うカリスだが、ミナミが来ると思うと、そわそわしてしまう。

(特別な感情を持っている、ということなんだろうな——)

インターホンが鳴り、兄妹が入ってきた。

「久しぶり……、二人とも元気そうで良かった」

「カリスさんも」

ホクトは相変わらず真面目そうだ。ミナミはというと、髪を伸ばして大人っぽい雰囲気になっていた。

「お久しぶりです」

どこかよそよそしい態度でミナミも挨拶する。

「まずは謝らせてくれ。君たちを謀って本当にすまなかった。実はあの村はわたしの故郷で、あの家はわたしの家だった——」

カリスは、あの夜に限りリッカーが人間を襲わないと知っていたこと、グラディウス、ケイコと共謀していたことなど、全てを話した。

「そうだったんですね。さすがカリスさん、すっかり騙されました」

ホクトはあっけらかんとした笑顔を浮かべている。

「恨んでないのか?」

「最初から恨んではないですよ。当時、カリスさんを残して戻って、しばらく心苦しい思いをしてました。けど、こっちに姿を現したのをニュースで見た時、『ああ、あれもカリスさんの計画の内だったんだな』ってわかりました。後は、あなたの活動を応援してましたよ」

「——ありがとう」

カリスはちらっとミナミを見た。

「その……、ミナミはどうだ?」

「わたしは……、すごく辛かったです。だから、カリスさんがこっちの世界に来た時、なんかぐちゃぐちゃになりました。騙されたのを怒ったらいいのか、無事なのを喜んだらいいのか——」

その時の心情を思い出したのか、ミナミの目には涙が浮かんでいる。

「そうか……、そうだな。本当に申し訳なかった」

「カリスさんはどうだったの? わたしたちを騙して帰らせて」

「わたしは——」カリスはあの頃の気持ちを思い返した。「わたしも、辛かった。できることなら、みんなとずっと旅を続けていたかった。『他の方法があったんじゃないのか』とか、『今も旅を続けていたらどうだったろう』とか。今でも、よく考えているよ」

「……そう。わかった」ミナミは涙を拭った「特別に許してあげます」

「良かった良かった。じゃ、そろそろメシにでも行こうか?」とマモルが立ち上がる。

「すまないが、わたしは帰る」

「え、なんで? せっかく会えたのに。夕食ぐらいつきあってよ。ケイコと師匠の話も聞きたいし」

「悪い。ちょっと難しい問題を抱えていて……」

「どんな問題ですか?」とミナミが聞いた。

「ミナミ、カリスさんはあの国の重要人物だぞ。言えないことも多いんだ」

「わかってるけど……。力になりたいの。解決できなくても、一緒に悩むことはできるよ」

「ありがとう……。じゃあ、聞いてくれるか?」

カリスはユーゼのことを話した。

「確かに。それは難しい問題だな」

マモルは腕を組んでいる。

「でも、助けてあげたいなんて、カリスさんらしくて安心しました」

「参考になるか、わからないけど……。この世界では、何か大きな力の脅威に晒されている人は、むしろ自分の存在をアピールすることが多いです」

「アピール?」

「そうです。陰謀に巻き込まれた人は、暗殺されないように、まず自分が知っている“組織”の情報を拡散します。そうすることで、自分を殺しても“組織”にとって悪い事態が収束するわけではない状況を作り出します」

「なるほど——、それから?」

「それから、定期的に大衆に姿を見せるようにします。そうすることで、自分が姿を現さないようになれば、“組織”が手を下した、と大衆が思うように仕向けるんです。それが抑止力になります」

「ほうほう——。ところで、“組織”って何だ?」

「“組織”というのは、ヤバイ組織のことです。フリーメイソンとかイルミナティとか……です」

「ホクト、陰謀論が好きだからなぁ。でも、そのユーゼっていう王様の状況とは、ちょっと違うんじゃないか?」

「そうですね……、すみません。余計なことを喋って……」

ホクトは残念そうにうなだれた。

「いやいや、参考にさせてもらうよ——。ユーゼを利用しようとしている貴族たちは、ホクトの言う“組織”みたいなものだろうし」

「ユーゼさんはちやほやされたいだけで、別に王様に戻りたいわけじゃないんだよね」

「利用できないとわかったら、貴族たち——特にマロンってのが、無理矢理なことをするかもしれないな」

「ユーゼさんが、必ずしも王政の復活を望んでるわけじゃないことが、みんなに伝わればいいですね」

その時、カリスの頭に奇妙なアイデアが浮かんだ。

(一体、わたしは何を考えているんだ……)

こっちに来る直前に会ったユーゼの姿を思い出す——と、だんだんとこの奇妙なアイデアがベストに思えてきた。

(一旦、戻って頭を冷やそう)

ホクトたちに必ず近いうちに連絡すると約束して、カリスは元の世界に戻った。

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