第42話
次の日の昼間、カリスはユーゼの部屋に出向き、「陛下をお出しする」と見張りに耳打ちした。
「夜のはずでは?」
「聞いてないのか? 予定が早まった。夜まで待つと、処刑されるかもしれない」
「念のため、マロン様に確認したいのですが……」
「どうやって? 陛下が処刑されたら、お前は責任を取れるのか?」
カリスがまくし立てると、見張りは慌てて彼を通した。
「陛下、ここを出ます」
ユーゼは例によって歌っている最中だったが、カリスの言葉を聞いてむせ返った。
「な、何だって? いくらなんでも、急過ぎるだろう」
「急いでこれに着替えてください。見つかるわけにはいかない」
デスラは、国軍の装備についてグラディウスとブリーフィング中。今がチャンスだ。
「ニコラウス、この格好はいくらなんでも……」
ユーゼは世話係の侍女の装いで現れた。若く肌が綺麗で、上品な目鼻立ちをしている。素材がいい。見れば見るほど、なかなかの美人だ。
「よく、お似合いですよ」
カリスはユーゼを連れて出た。
「それは——、陛下なのか?」
見張りは目を丸くした。
「お前は、まだ陛下が中にいるように振る舞ってくれ」
「いえ、異世界の直前まで、あなた方を見送るように命じられています」
「ダメだ。見張りがいないと不自然だ」
普段から、人の出入りの多い昼間は見張りを一人に、人気のない夜中は二人にしている。
夜中なら見張りが一人ついて来ても、もう一人が残ることになる。人に尋ねられたら、もう一人はトイレに行ったとでも何でも答えればいい。
しかし、見張りが一人だと、そもそも持ち場を離れることができない。カリスは昼間にユーゼを脱出させることで、余計な見送りを排除した。
見張りは渋々承諾し、その場に残る。
カリスは歩きながら、ユーゼに計画を話した。
「あなたの希望を最大限に考慮したつもりです」
「ここを出られて、尚且つ貴族たちにも利用されない。気に入った。頼むぞ、ニコラウス」
二人は城を出て、異世界との出入口のある庭園に向かった。
カリスが各国と国交を結んで以降、国防上の観点から、異世界との出入口は庭園に限定されていた。彼が初めて異世界を訪れた時に使った装置は、使用が禁止されており、仮に破られた場合は大きな外交問題となる。
かつては、日本からこの世界への一方通行であった。だがそれは、日本側が意図的にそうしていたのであって、今は双方向の行き来ができる。
最大の難関はここを通ることだ。もちろん、ユーゼの偽造パスポートは用意してある。厄介なのは、マロンが異世界に脱出して以降に警備が強化され、国軍兵士が常駐していることだった。少しでも疑われると、捕まってグラディウスの所に送られることとなる。
「外交局局長のカリス=ニコラウスだ。彼女は共の者のユリア=ギギ」
「パスポートを拝見します」
出国審査員にユリア——もといユーゼのパスポートを見せる。
「その……、侍女がお供なのでしょうか? いつものSPや事務方は、連れて行かれないんですか? それに、次の外遊は五日後と伺っていますが……?」
出国審査員は不思議そうに二人を見比べた。
「実は、これは仕事じゃないんだ。彼女はわたしの恋人なのだが、向こうの世界を見せてあげたいと思ってね」
「恋人ですか——」男はユーゼを舐め回すように観察する。
「恥ずかしがり屋なんだ。あまり見ないでやってくれ」
カリスはユーゼの肩を抱き寄せた。ユーゼはユーゼで、カリスの胸に甘える素振りをする。ぞわっと鳥肌が立ったが、なんとか表情に出さず取り繕った。
「はは、これは失礼しました。なんとも羨ましいですな。カリス様は仕事一筋だと思っておりましたが、あっちの方も充実しておいでだ」
男は笑顔で二人を通した。
次元の裂け目を抜け、無事異世界にたどり着いた。入国審査は何事もなく、二人は建物の外に出た。
「——いつまで腕に絡みついているつもりですか?」
「恋人を装う必要があるのだろう?」
「もう大丈夫ですよ」
「お前らしくもない。どこで誰が見ているとも知れないではないか。念には念を入れるべきだ」
「それはそうですが……」
そうしていると、二人の前に一台の車が停まった。助手席の窓から顔を出したのは、ミナミだった。
「カ……、カリスさん? 王様を連れて来るんじゃなかったんですか?」
ワナワナと口唇が震えている。
「彼がそうだ」
「彼? その人、男の人なんですか? ——っていうか、カリスさんって、そっちの趣味の人だったんですか?」
ミナミの目に見る見る涙が溜まっていった。
「違う違う。出入国管理の目をごまかすために恋人を装っただけだ」
カリスとユーゼは車に乗り込んだ。
「マモル、準備はできてるか?」
「ばっちりだ。どうせやるなら、クオリティを追求するつもりだよ」
「それは頼もしいな」
「それにしても、王様……いいね——」
マモルはゴクリと生唾を飲んだ。
「ちょ、貴様、ジロジロ見過ぎだ。無礼だぞ!」
「すみません、つい……」
「おい! 見るなと言ってるだろう! ニコラウス、どうにかしろ!」
「ホクト、車を出してくれ」
「了解」
「やめろ! 触るな!」
「男同士だから、大丈夫ですよ、王様」
「だから、やめろって! 余は……、なんか、女性の気持ちがわかった気がするぞ……」
車は一路マモルのマンションへ向かった。
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