第43話

 夜、約束の場所で、マロンは貴族の仲間と待っていた。もうすぐ、カリスがユーゼを連れてやって来るはずだ。

 皮肉なものだな、と彼は思った。王政崩壊のきっかけを作ったのがカリスなら、その復活のきっかけを作るのもカリス。

 結局のところ、カリスは甘かったのだ。大きな目標を掲げながら、目の前の小さな犠牲を放ってはおけない。

 マロンは、懐に忍ばせた拳銃ルガーLCPをジャケットの上から触り、確認した。ユーゼさえ取り戻したら、もうカリスを生かしておく必要はない。

 最後の列侯会議での出来事を思い起こすと、今でも屈辱で脂汗が額に滲んでくる。

(早く来てください、カリス。今夜程、あなたに会うのを楽しみ思ったことはない)

——しかし、期待に反して何事も起こらぬまま、約束の時間は過ぎてしまった。

「どうなっておるのだ?」

父ガトー=グラーゼが苛立ち始めた。他の貴族たちも口々に不安を吐き出す。

「少し、手間取っているのかもしれません——」

その時、メールの着信音が鳴った。カリスからだ。すぐさま開くと、URLのリンクが一行貼り付けてあるだけ。

(何だっていうんです? 身柄引き渡し交渉でもするつもりですか?)

マロンはリンクを踏んだ。

『は〜い! 命狙われてる系、ぼくっ娘、リアルガチ元国王YouTuberのユーゼ=グライプでぇす!』

画面ではバニーガール姿の女性が、元気——だが、妙に低い声で挨拶している。それがユーゼだと頭が理解するのに、ゆうに五秒はかかった。

(なん……だと……?)

『みんな知ってると思うけどぉ、ちょっと前までグライプ王国の国王だったのに、クーデターが起きちゃってぇ。国王引退させられちゃいましたぁ』

他の貴族たちも、マロンのスマホを覗き込む。

「これは、陛下なのか?」と誰かが言った。

『貴族たちわぁ、ぼくをまた国王にして王政を続けたいみたいだけどぉ、そんなのイヤ! YouTubeでぇ、みんなに歌を届けたいと思っているよぉ〜』

そこにいる誰も、一言も口をきかなかった。ただ唖然として画面を見つめるだけだ。

『それでは、聴いてくださいっ! グライプ共和国の民謡で「豊穣の歌」!』

聴き慣れたメロディとともに、ユーゼの歌声が流れ出す。

「マロン……、これは一体どういうことだ?」

ガトーは動揺を隠し切れていない。それは、他の貴族も同じだ。

「ふふっ……、はっはっはっは!」

「——マロン?」

「いやいや、カリス、さすがです。負けました。完敗ですよ」

マロンは涙目になって腹を抱えている。

「これじゃ、ユーゼを旗印にしたところで、王政復活の大義名分が立ちません」

カリスのことだ。日本にユーゼの亡命も申請しているに違いない。そうなると、そもそも身柄を確保するのも困難だ。

「この内容です。一昼夜もあれば、世界中に動画が拡散されるでしょう。もう、わたしたちが元の権力を手にすることはできません」

「そんな……」

貴族たちは力なくうな垂れるしかなかった。

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