第22話

 二人は馬に跨ると、まずは最寄りの街を目指すことにした。馬で移動すれば一日の距離にある。さし当たっての目的は、手頃な勇者パーティーを見つけて仲間に加わることだ。

 いつ魔物に遭遇するとも知れない石壁の外での移動は、相当の緊張を伴う。通常、街から街を移動しているのは、流通業に携わる人か、勇者パーティーくらいのものだ。それ以外の人で、どうしても移動する必要がある時は、流通業者に同行するか、同じ目的地を目指す人を募るか、どちらにせよ集団で移動できるよう手配することが多い。

 途中、次第に馬の疲れが目立つようになり、二人は降りてしばらく歩くことにした。

(馬車を買わないといけないな)

どこかのパーティーに入るとしても、二人とその荷物が加わることになる。そのパーティーがもともと馬車で旅をしていても、というより馬車で旅をするのが一般的なのだが、自分たち用の馬車もあらかじめ持っていた方がいい。

 歩いていると、後ろから大きな荷車、馬車数台と、武装した集団が近づいてきた。どうやら行商人らしい。

「あんたら、二人きりかい?」

主人らしき男が声をかけてきた。

「ええ、そうです」カリスが答えた。

「それじゃあ危ない。リンゴーの街までだろう? 荷物をウチの荷車に載せて運んであげるから、あんたらは馬に跨りなさい」

「かたじけない」

「いいってことさ。旅は道連れ世は情け。助け合いの精神でいこう」

カリスとグラディウスは荷物を預けて騎乗した。

「あんたらは、どうしてたった二人で移動しているんだい?」

「それは——」カリスは咄嗟に頭を回転させた。今や二人は重罪人。適当にはぐらかす必要がある。身元がバレるのはマズい。

「異世界転生者のパーティーに加わろうと思っているのだ」

隣のグラディウスが先に答える。カリスはヒヤリとした。

「どうしてまた、そんなことをするんだい?」

「故あって王都には居られなくなった。だから、どうせなら王都の外の世界を見ることにしたのだ。俺たちは強いから魔物を倒しながら旅をする。とすれば、勇者パーティーに加わるのが一番よかろう」

「ほう、武芸者の方でしたか。道理で立派な武器をお持ちだ」

商人はグラディウスの斧とカリスの弓を見比べた。

 グラディウスの言葉に嘘はない。おそらく、彼自身の旅の理由を正直に話しただけなのだろう。

「旅をされるなら、馬二頭では不安でしょう。追加の馬と馬車が必要ではないかな? リンゴーの街にも手前どもの商店がある。安くお売りしますぞ?」

「いくらだ?」

「併せて一万五千キヤルでいかがかな?」

「よし、買おう」

「おい! 勝手に決めるな!」カリスが横から口を挟む。

「いいではないか。どの道、必要なものだ」

「価格交渉とか、色々あるだろう! 安い買い物じゃないんだぞ」

「相場は知らんが、ぼったくりではないのだろう? なら問題ない」

「はっはっは、おもしろい方たちだ。気に入った。一万二千にまけよう!」

「このまま、リンゴーの街まで護衛したら、一万キヤルにしてくれるか?」

「お客さん、それは欲張り過ぎってもんだ。ウチが赤字になってしまう」

「そうか? 命に比べれば安かろう?」

どうやら、グラディウスは純粋に会話を楽しんでいるようだ。立場上、市井の人間と話をする機会はこれまで多くはなかったろう。

「親方、前方に魔物がいます」

共の一人が指差す先に、三頭のゲドラフがいた。

「早速、出番が来たな」

グラディウスが前に進み出て馬を降りた。カリスもそれに続く。

 ゲドラフもこちらに気づいているらしく、ゆっくりと距離を詰めてきた。一触即発の間合いになる。

 グラディウスが背中の二本の斧をそれぞれの手に持つ。常人なら一本でも持ち上げるのがやっとの大きさだ。

「うおおおぉぉー!」

雄叫びを上げてグラディウスが突っ込んだ。両腕を交差し水平に薙ぎ払う。一匹の喉がパックリと割れ、もう一匹は顎から上が吹っ飛んだ。最後の一匹が怯んだ隙を、カリスは見逃さない。素早く矢を放ち、見事眉間に命中させた。すべてが束の間の出来事だった。

「あんたら、滅茶苦茶に強いな。鎧袖一触とは、まさにこのことだ」

商人は呆気に取られていた。

「どうだ? 頼りになる護衛だろう?」

「良し! 八千キヤルだ! 持ってけ泥棒!」

当初一万五千キヤルだったのが、半値近くになった。

 リンゴーの街に到着すると、すぐさまグラディウスは金を出し、馬と馬車を買った。馬車には雨除けの天蓋もついていて、しっかりした造りになっている。中で大人二人が寝られるくらいには広い。

 グラディウスはカリスに残った大金の全てを差し出して言った。

「これからはニコラウスが金を管理してくれ。俺には向かん」

「わかった。しかし、すごい金だな。いくら持ってきたんだ?」

「大した額ではない。一百万キヤル程だ。あまり多いと、金も荷物になるからな」

大した額だよ、とカリスは思った。カリスの所持金は三万キヤルで、それが彼の全財産とデスラから受け取った金だった。

「精肉店を探そう」

二人は屠ったゲドラフ三頭を売るため、街を練り歩いた。王都にほど近いこの街には、ゲドラフを干し肉にする習慣が伝わっていると以前に聞いていた。

 首尾よく精肉店を見つけると、三頭を一万キヤル強で売却。

「馬と馬車、今夜の宿代以上は稼げたな」

それから適当な宿屋を見つけ、そこに落ち着く。使用人に聞くと、今日は一組の異世界転生者パーティーが宿泊しているらしい。

 カリスたちは彼らの部屋を訪ねてみることにした。

「こちらに異世界転生者のパーティーがご滞在と聞き、参りました。お話をさせてもらえませんか?」

「どうぞ」と中から声がし、二人は部屋に入った。

 中には若い男女が二人ずつ、計四人のパーティーがいた。

「失礼します」

「何の用ですか?」

勇者らしき精悍な、それでいて優しい目をした若者が聞いた。

「わたしはカリス=ニコラウス、こっちはマクシミリアン=グラディウス。わたしたちは一緒に旅をする異世界転生者のパーティーを探しているのです」

「一緒に旅をするって、あなたたちはこの世界の人でしょう? 街の外は危険だ。僕たちを体のいい護衛にするつもりですか?」

彼はカリスたちに疑いの目を向けた。

「その点はご心配なく。わたしたちは、あなた方の世界の例の薬を飲んでいます」

「え?!」と男が目を丸くした。

「それは禁止事項だ。一体どうやって手に入れたんですか?」

「あるパーティーから譲ってもらったのです」

カリスは薬を入手した経緯を説明した。

「ねえ——」

側で聞いていた長い黒髪の女が割って入る。「この二人って、王都の貼り紙にあった人たちじゃない?」

「あ!!」と小太りの男が声を上げた。「反逆罪でお尋ね者の——」

「俺は反逆者なんかじゃない!」

グラディウスがおもむろに立ち上がった。

「落ち着け、グラディウス。彼らの不安はもっともだ」

「グラディウスだと? 門閥貴族のこの俺に向かって——、王都を出るあたりから、お前は無礼だぞ!」

「腹を立てたからって、わたしにまで噛みつくな。彼らの言う通り、わたしたちは追われ人だ。家だって勘当されてきたんだろう? もう貴族でも何でもない」

「それはそうだが……、身分は貴族でなくとも、心は貴族のままだ! それに俺は怒ってなどいない!」

「いやいや、怒ってるだろ」

「怒ってない!」

「ちょっと静かにしてください。とにかく、なぜ、あなたたちがお尋ね者になったのか聞かせてください。理由によっては、通報しなくちゃいけない」

カリスは自分たちが罪人となった日のことを話した。

「陰謀に嵌ってしまったのです」

これまで黙って聞いていた、短い栗毛の女性が「悪い人たちじゃなさそうだよ」と言った。

「そうね……」

「おい、あんた」不意にグラディウスが黒髪の女性に声をかけた。「それは、あんたの武器か?」

彼女の脇には槍らしき長柄の武器がたてかけてある。ただ、先端には布が被さっていて、槍にしては袋が大きい。

「ああ、これ?」彼女は布を取った。そこには、比較的大きな片刃の刃がついていた。「これはね、薙刀っていうのよ。珍しいでしょ?」

「ナギナタ? 聞いたことのない武器だ」

「こっちの世界には無いみたいね。これは王都で特注して作ってもらったの」

そういえば、とカリスは思い出した、ウエッソン武器店でスミスが製作しているのを見たことがある。彼女のものだったのか。

「突くだけでなく、薙ぐこともできるのか。それなら、短く持てば、槍と違って近い間合いでも戦える。それに、先端の重みと遠心力を使えば——」

「強い一撃を放つことができるわ。あなた、わかってるわね。ねぇ、ホクト、わたし、この人たちを連れて行っていいと思う。危険は無さそうじゃない? この大きい人は武器に詳しい。腕が立ちそうだし、きっと頼りになるわ」

「ウチのパーティーで強いのっておケイくらいだもんね」ともう一人の女性が受け合う。

「どうする?」と小太りの男が勇者らしき男に聞いた。

「うん……。じゃあ、一緒に行きましょう。僕はホクト。一応、勇者をしています」

「僕はマモル」ともう一人の男が言った。

「わたしはケイコ。おケイっていうのはニックネームね」

「わたしはミナミ。ホクトの妹です」

「よろしく。ホクトたちは何処か目的地はあるんですか?」

「いや、特には……。本当は魔王を探さないといけないんだろうけど、見当もつかないし、そもそも魔王なんて存在するかどうかも怪しいし。あなたたちは?」

「わたしたちも特段目的地はありません。それでは、北に向かいませんか? 南はこれから暑くなるし、辛いでしょう」

「どうする? みんな?」

「いいと思うわ」とケイコが小さく手を上げた。

「じゃあ、そうしよう。あなたたちのことは、なんと呼べばいいですか?」

「わたしはカリスで」

「俺は将軍と呼んでくれ」

「いやいや、あんたはもう将軍じゃないだろう?」

「心はまだ将軍だ」

「グラディウスさんっていうのは長いから、グラさんでどうかしら?」

「グラさんってサングラスみたいだよ」

「サングラスとは何だ?」

「サングラスっていうのはね——」

「えー、みんな、ここで話すのも何だから、夕食にいきましょう」

カリスが立ち上がった。

「ホクト、いきなり仕切られてどうするのよ」とケイコが笑う。

「いや、僕は別に構わないよ。カリスさんの方が年上みたいだし」

「じゃ、行こう」

一行は街の中に繰り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る