第7話

 列侯会議を翌週に控えた夜。事務局への資料提出期限は明日に迫っていた。

 日常業務を終えた後、魔物対策局の局長室に関係者が集まり、資料の最終確認をする。

 カリスとマロン、デスラ、グラディウスに加え、財務局からは局員のロンド=ベル、総務局からは同じく局員のレナード=ハフマンが加わっていた。

 デスラが財務局、総務局の局長に計画を話した際、それぞれ本件の担当として任命されたとのことだ。どちらも優秀な局員で、カリスも以前から名前だけは知っていた。

「で、結局、俺は何をすればいいのだ?」

グラディウスはまったく資料を読むことなく聞いた。

 計画に軍を使うよう要請しておきながら、具体的な関与の仕方はといえば、カリスたちへの投げっぱなし。だが、カリスとマロンには却って都合が良かった。色々と具体的に口を出されるよりよっぽどいい。

「科学技術局が研究を進めるのに、材料となる魔物が必要なので、その調達をお願いします。それから、城壁の外に魔物ハンターたちの拠点を建築するので、その間、作業人夫を護衛してもらいます。列侯会議で可決された後で構いませんから、必要人員を確認して、計画を立ててください」

「わかった。副総統に頼んでおく」

「よろしくお願いします。ハフマン殿、壁外拠点の建築期間はどれくらいになりますか?」

ハフマンがボサボサの髪をかきながら、手許の書類を確認する。

「業者に見積もりを作らせましたが、急いで半年、余裕を見て一年ですね」

「護衛の兵士は何人用意すればいいのだ?」

「は、はい。一日あたり作業人夫が百名ほどなので、同数の兵士がいれば十分かと」

「費用の見積もりはどれくらいですか?」

財務局のベルは、手元の資料にさまざまな数字を書き込んでいる。

「えっと、それはですね——」ハフマンは見積書をパラパラとめくった。「四千万キヤルほどですね」

「わかりました。来年度の予算に計上できるよう準備しておきます。ただ、相応の金額ですので、代わりにどこかの予算を削ることになるでしょうね」

「そういうことなら、異世界転生者に持たせる支度金を減らせばいいですよ。どちらも目的は魔物の撲滅ですから」

マロンの提案に、ベルは少し悩ましそうな表情をした。

「転生者がどれくらい来るかは、その年その年で違うので、支度金の予算自体がなかなか策定が難しいのです……。でもまあ、出来ないことはないでしょう」

ふと目をやると、グラディウスが大きな欠伸をしている。どうやら、この手の話は退屈らしい。もちろん、業務で疲れた後、夜中に作業しているからというのもあるだろう。

「ところでデスラ殿。肝心の魔物の商品化はどうですか?」

「先ず骨や皮、体毛を衣服や工芸品にできないかというと、実のところ検証できとらん。ドラゴン系の眼玉でも手に入ったら貴族向けの宝飾品として価値があるじゃろうし、鱗も防具に出来るかもしれんな」

やっと聞いてくれたか、とばかりにデスラは説明を始めた。

「ともかく、実際に大型の魔物を捕まえてみんことには研究できん。列侯会議後、研究費用が入ってからになるの。研究対象となる魔物の候補はいくつか挙げて資料に落としておるから、後でグラディウス殿に渡しておく」

「任せておけ。必ず捕まえてきてやる」

「頼りにしておるぞ」

「研究計画を立ててくださるのはありがたいですが、何かこう、説得力のある材料がほしいですね」

「わかっておる——」

デスラは壺を机に置いた。

「先日グラディウス殿に兵士を二十人ばかり借りての。こんなものを作ってみた」

壺に手を入れ、肉片を取り出す。

「干し肉か!」グラディウスが歓声を上げた。「美味そうではないか! 何の肉なのだ?」

「ゲドラフじゃ」

「食べられるんですか?」

ベルは指先で恐る恐る干し肉をつまみ上げた。

「もちろんじゃ。魔物は肉食じゃから臭みがあるがの。スパイスをたっぷり使って、干してから薫製にすると、その臭みが却って味になるわい。食べてみなさい」

「はあ、そう仰るなら……」と言いつつ、ベルは躊躇っている。

「何をビビっておるのだ。男ならガッといけ」

グラディウスは干し肉を口に放り込んだ。

「おう、……これは、いけるな! 酒が欲しくなる味だ」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

こんなに嬉しそうなデスラの顔は今まで見たことがない。

「酒ならありますよ。取って来ます」

ハフマンがパタパタと駆けて行った。

「お前たちも食べてみろ」

グラディウスがカリスとマロンに皿を差し出した。

「それでは——」「いただきます」とそれぞれ干し肉を口に入れる。

「野性味がありますね。好きな人は好きかも」とマロン。

「わたしは好きです。スパイスの塩梅もいい」カリスはもう一切れ手に取った。

ちょうどその時、ハフマンが戻ってきた。

「持って来ましたよー」

「おう! 早く寄越せ!」

グラディウスが待ち兼ねたと言わんばかりに、ハフマンからボトルをぶん取る。

「グラスはあるか?」

「お茶を飲むコップでよければ——」マロンが戸棚から人数分のコップを出す。

「お前たち、まだ資料は仕上がっとらんぞ」

「良いではないか、デスラ殿。酒が入った方が、頭の回転も良くなるかもしれんぞ?」

そう言って、全員のコップに酒を注いで回る。

「将軍に注いでいただけるなんて恐縮ですね」

ハフマンはうやうやしく盃を受けた。

「ははは、ありがたく思え。——それでは、計画の完成を祝して、乾杯!」

「気が早いの。まだ列侯会議前じゃというに」

「デスラ殿、何を気弱な。この計画は素晴らしい。必ず可決される。そして臣民を魔物の恐怖から解放するのだ!」

グラディウスが高らかに宣言した。

 楽しげに酒をあおるグラディウスを横目に、カリスとマロン、デスラは、一抹の不安を孕んだ視線を互いに交わす。

 カリスの降格の原因がこの計画にあること、デスラが愛馬を殺される警告を受けたことを、グラディウス、ベル、ハフマンには話していない。

 表立って本件を推進しているのが魔物対策局と科学技術局であることから、彼らには害が及ばないと判断したためだ。たが、彼らに危害が及ばないという保証はまったくない。

 それでも、協力的な彼らの態度に水を差すのを避けたかった。

 我ながら自分勝手な理由だな、とカリスは自嘲した。

(ちゃんと自分たちが矢面に立って、三人が標的にならないようにしないと)

「ところで——」口数の少なかったベルがカリスに視線を合わせた。「ニコラウス殿はどうしてこのような計画を立てたのです?」

「そういえば、儂もまだ聞いとらんな。魔物から臣民を守りたいというのはわかるが、お主の情熱は少々度を超えておる」

「それはカリスにとって、あまり気分のいい話ではないので——」

口を挟んだマロンをカリスが制した。

「いいんだ、マロン。みんなには話しておきたい」

カリスは"あの日"のことを思い起こした。

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