第20話

 翌朝一番にカリスはグライプ城に向かった。昼前には石壁の外で着工だ。

「マロン=グラーゼ局長はご在席か?」

魔物対策局に着くなり、局長室に真っ直ぐ向かう。

「奥にいらっしゃいます」という局員の返答も聞かぬ内に、扉を開けた。

 中でマロンは椅子にゆったりと腰掛けていた。

「——やあ、カリス。今日はいよいよ着工ですね」

「わかっているなら話は早い。約束の出資金、すぐに渡してくれないだろうか? 二、三日中には決済しないといけないんだ」

「ああ、出資ですか——」マロンはいつもの笑みを浮かべて言った。「出資はしないですよ」

「え——?」

一瞬、カリスはマロンが何を言っているのか理解できなかった。

「出資はしない、と言ったんです」

「どういうことだ?」

「わたしは初めから、魔物の掃討なんかに興味ないんですよ」

「どうして? 二人であんな熱心に議論したじゃないか……」

「そりゃあ、カリスは先輩でしたし、一時は局長でしたから、言うことは聞きますよ。仕事ですからね」

脳裏にマロンと計画を立てた日々が浮かぶ。マロンにも、カリスと同じような想い——、この世界を魔物の恐怖から解放したいという想いがあるんだと信じていた。それがただの見せかけだったなんて——。カリスは軽い目眩でクラクラした。

「今日、着工で、二、三日の内に納金しないとダメなんだ……」

「何度も言わなくても、わかってますよ。しつこいですね。もちろん、わかった上で言っているんです」

「もしかして、資金を先延ばしにしていたのは…………」

「ご想像の通り。このタイミングを狙っていたんですよ。あなたたちが債務不履行になるようにね」

「一体何のために……?」

「そんなの、あなたたちを潰すために決まってるじゃないですか」

マロンは楽しげに笑った。

「それと、そろそろ口の利き方に気をつけてください。わたしは王家の外戚ですよ。あなたごときが気軽に話せる人間じゃない」

「俺たちを潰して、一体何の得があるっていうんだ?」

「王家がそれを望んでいるからです。これでグラーゼ家はまた一段と権勢が増すでしょう。平民のカリスにはわからないでしょうが、家の格を上げなければならない、っていうのも、嫡子にとってはなかなかのプレッシャーなんですよ?」

「ひょっとして、デスラ殿の馬を殺したり、わたしを降格させたのも、お前なのか……?」

「わたしがあの計画を陛下のお耳に入れたんです。陛下はリシュー宰相に計画を中止させるよう、お命じになったと聞いています」

「お前は、臣民のことを考えないのか? この事業は、この世界を魔物の恐怖から解放するために必要なことなんだ……」

カリスの拳は震えていた。

「もちろん、わたしだって色々と考えていますよ。この世界は魔物が存在しているからこそ、統一されているんです。魔物という外敵がいなくなれば、昔のように人間同士で争うことになるでしょう。だから今のままがいいんです。王族が反対する理由もそれですよ」

「そんな馬鹿な話があるか!」

「見解の相違ですね。よく考えてください。この世界にとって、本当の驚異は何か? 魔物ではありません。せいぜい、月に何千人かが死ぬだけです。本当の脅威は異世界転生者ですよ」

「異世界転生者?」

「そうです。彼らが優れた科学技術力でこの世界に侵攻したら、わたしたちは窮地に陥ります。その時、私たちが内部で分裂しているわけにはいきません。彼らに対抗するため、王国は常に団結している必要があるんです」

「どちらにしたって、人間同士の話だ。ちゃんと意思疎通して、利害を調整すればいい。それが政府の仕事じゃないか!」

「ふぅ——」とマロンがため息をついた。「これ以上、話をしても無駄なようですね。まあ、そもそも、わたしにはカリスを説得する必要もないんですけどね。それより、いいんですか? 工事を止めなくても」

机の上の時計は、もうすぐ正午になろうとしている。

「くっ——!」カリスは怒りを堪えて踵を返した。

 マロンの言う通り、急いで工事を中止させないといけない。今なら、違約金だけで済む。ただ、自分たちの信用はガタ落ちだ。これから事業を進めていく上で、大きな障害となるに違いなかった。

「急いでくださいねー、カリス。ふふふっ」

後ろでマロンが笑うのが聞こえる。

 急ぎ門を出て、馬を走らせる。すると、建設地あたりに、予定より多くの人が集まっているのが見えた。近づくにつれ、それが軍だということがわかる。

(何故こんなところに軍が?)

さらに近寄ってみると、指揮をとっているのはグラディウスであった。

「おお、ニコラウス!!」

カリスを見つけて大きく手を振る。

「将軍、どうして——?」

「水臭い奴だな。あの計画じゃ、石壁の外に拠点を作る時は、俺が協力するって話だったろ? だから来てやったんだ。お前たちが集めた異世界転生者たちには、今日の分の日当だけ持たせて帰したぞ」

そうですか——、と言いかけてハッと気づいた。

「グラディウス将軍は、どうして、今日、この場所で工事が始まるのを知っていたんですか?」

カリスの頭の中に最悪の展開が浮かび上がる。

「お前、どうかしたか? いつもと様子が違うぞ? 何をそんなに慌てているんだ?」

「いいから答えてください!!」

「マロンが教えてくれたからだ。それがどうした?」

「マロン——」カリスは背筋に冷たいものを感じた。

「ここへ派兵するのに、許可は取っていますよね?」と恐る恐る尋ねる。

「それなら副総統に頼んでおいたが?」

どうやら悪い予感は的中してしまったらしい。カリスは後ろを振り向いた。遥か先、王都の方から土煙が上がっている。大軍がこちらに向かっていた。

「何だありゃ?」

グラディウスもそれに気づいたようだ。

「兵に投降するよう命じてください!!」

「は? どうして? あれは我が軍だぞ」

「副総統キト=グラーゼはあなたを反逆者として排除するつもりです!!」

「何を馬鹿な——」

「おそらく、あなたは勝手に軍を動かしたことになっています。大逆罪です」

「ニコラウス、いい加減にしろよ。怒るぞ」

「怒ってもいい!! とにかく、わたしと姿を隠してください!!」

その時、騒ぎを聞きつけ、建設予定地で待っていたハフマンがやって来た。

「ニコラウスどうした?」

「ハフマン、工事は取り止めだ。マロンにハメられた。この拠点は王都侵略の足がかりと見なされているはずだ」

「何だって?!」

「早く着工を止めさせて、抵抗の意思が無いことを示してくれ」

「わ、わかった」

ハフマンは慌てて走って行った。

「将軍も早く!!」

グラディウスは渋々馬を走らせ、カリスの後をついて行った。

(くそっ! 一体これからどうする?)

自分とグラディウスは反逆者にされてしまった。事業を進めるどころか、最早王都には居場所がない。

 まずは逃げることだ。でも、魔物の駆逐は絶対に諦められない。

(プランCをやるしかないのか?)

実現可能性が低い計画に全てを賭けることになるなんて……。

 カリスは頭をフル回転させながら、グラディウスと馬を走らせた。

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