第31話

 夜中、カリスは馬車の中で目を覚ました。やはり野営は熟睡できない。隣ではホクトが静かな寝息を立てている。

 起こさないようにそっと立ち上がり、カリスは外に出た。

 焚火の傍らには、見張り番のケイコとミナミが座っている。カリスが近づくと、それに気づいたケイコが涙を拭った。

「泣いていたのか?」

「ええ、まあ」ケイコが決まり悪そうな笑顔を浮かべる。

「どうした? 何か問題か?」

「問題というわけじゃないけど……。いつか向こうに帰ることになったら、グラさんとのこと、どうしようかと思って……」

「帰るのが嫌なら、残ればいいじゃないか」

「すごく難しい問題なんだよ」とミナミが割って入る。「カリスさんだから話すけど、わたしたち、ずっとこっちにいられるわけじゃないの」

「期限があるのか?」

二人が黙って頷く。

「この前、ケイコは『帰るつもりはない』って言ってなかったか?」

「それは、途中で抜けるつもりはないってことよ」

「そうだったのか。それで、いつまでいられるんだ?」

「まだ先、あと一年半くらいよ。でも、別れる時のことを思うと、辛くって……」

ケイコの目にはまだ涙が溜まっている。

「わたしの腕輪をカリスさんに渡して、いっそ帰れないようになりたい——」

「それは、お兄ちゃんが許さないよ……」

「一度戻ったら、また来ることはできないのか?」

「ちゃんと申請して承認されれば、できるよ。でも、必ず王都のあの場所に出てくるの。だからこうやって旅をしているカリスさんやグラディウスさんを見つけるのは大変だよ」

「あの場所か……」カリスはグライプ城脇の庭園を思い描いた。異世界転生者は必ずそこに現れる。魔物対策局では、そこに簡易的な詰所を置き、転生者が来ると本部に連絡をする運用になっていた。

「待ち合わせしようにも無理でしょ? あなたたちはお尋ね者で、一つの場所に留まるのは危険なんだから」

「そうだな……。何とかホクトを説得できないか?」

ミナミが頭を振った。

「残るなんて絶対に許さないと思う。わたしたち、幼なじみで、おケイを連れ出す時にお兄ちゃんは、おケイの両親に絶対無事に連れて帰るって約束してるから。それに——」と何か言い淀む。

「それに?」

「……ううん、何でもない」

空が急速に明るくなり始める。今日も暑くなりそうだ。

 グラディウスとマモルが起きてきた。

「ニコラウスいたのか。そろそろ交代の時間だ」

もう一眠りしようとミナミが馬車に戻り、ケイコも後をつけて行った。カリスも、横になれば眠れるかもしれない、ともう一度馬車に戻るのであった。

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