第32話

 四日ぶりにベッドで眠れた朝、一行は次の目的地を決める相談をしていた。

「どこに向かいますか?」とホクトが地図を広げる。

「この村には魔物の生活利用を伝えてないけど、まだしばらくは大きな街を避けた方がいい」

一行は近くの村を目指すことにした。

 買い出しを済ませ出発する。

 カリスは馬車で流れる景色を見ていた。

 叛逆者に仕立て上げられ、旅を始めてから二カ月あまり。この生活にもすっかり慣れてきた。

 かといって、旅を続けるのが好きかといえば、そんなことはない。何しろ落ち着かない。自分は定住する方が向いている。

 みんなはどうだろう。

 グラディウスは楽しそうだ。というより、どんな状況も楽しむことができる。幸せな奴だ。

 いつかの夜に話して以来、ホクトは今を楽しむと決めたらしい。以前と違い、いい意味で軽い空気感を纏っている。ただ、彼が今一番したいことは、この世界を旅することではないのかもしれない。街や村に寄る度に、物語の本を買って読み耽っている。最近は自分でも、何か物語を書いているようだ、

 ケイコは旅が好きというわけでもなく、グラディウスや仲間との時間を大切にしている。

 初めて会った夜、マモルは、不甲斐ない自分を変えたいからこの世界に来た、と言っていた。今や彼は確かな自信を手に入れていて、その目標を達成している。もしかしたら、もう旅を続ける理由はもう無いのかもしれない。

 ミナミはマイペースに旅を楽しんでいる。ひとえに、彼女の豊かな感受性に因るところが大きい。

 魔物対策局で働いていた頃、仕事が行き詰まると、決まって「俺も異世界転生者みたいに旅がしたい」と言い出す同僚がいた。ただ、そいつに限らず、旅に憧れる人は多い。

 でも、本当に旅を楽しめる人間はそんなに多くはない、とカリスは思う。

 きっと、今の生活から抜け出したい、とか、何でもいいから気ままに楽しいことがしたい、という動機がほとんどだろう。

 そして、いざ旅を始めて気づくのだ。旅暮らしも生活の一種類だということに。金策に窮し、魔物に怯え、野営では眠れず、何日も身体を洗えない日が続き、保存食の枯渇を心配する。

 それでも、カリスが旅を続けている理由はただ一つ、プランCの実行だ。この旅で、路傍に打ち捨てられた人骨を見るたび、決意を新たにしてきた。こうして、骨すら拾ってもらえない人が、一人でも減るように——。

「真剣な顔して、何を考えているんですか?」

ミナミは小さな口で、もぐもぐと干し肉をかじっている。

「ちょっと、色々とな」

「カリスさんって、よく考え事してますよね」

「そう……かな?」

「そうですよ。わたしなんか、いつもボーッとしちゃってます。カリスさんもたまには気を休めたらどうですか?」

「いや、いい。考え事をしているのが、性に合ってるんだよ」

「でも、それじゃ疲れちゃいますよ? 大丈夫! わたしがしっかり魔物を索敵するから、カリスさんは気を抜いていてください」

「……実は、昨晩ベッドで寝たけど、まだ野営の時の寝不足が取れなくて——。悪いが、お言葉に甘えようかな……」

「ふふ、いいですよー」

そう言って、ミナミは嬉しそうに微笑んだ。


 気がつくと、いつの間にか横になって目を瞑っていた。どうやら眠ってしまったらしい。

 午前中は暑かったが、今は心地よい涼風が頬を撫でている。そして、柔らかい枕、ほのかに甘い香り——。

 ふと目を開くと、真上に頬を赤らめたミナミの顔があった。

「目が覚めましたか?」

カリスは急いで上体を起こした。

「すまない、まさか膝を借りていたなんて……」

「いいんです。すごく気持ち良さそうに寝てましたよ」

ミナミは照れながら言った。

「……たまには昼寝もいいもんだな」

「そうでしょう?」

「その……、なんというか、ありがとう」

「次は……、わたしの枕になってくださいね!」

ミナミの顔は真っ赤に染まっていた。そんなに恥ずかしいなら、言わなきゃいいのに——。

「おーい!」御者のマモルが振り向いた、「いい雰囲気のところ邪魔して悪いけど、魔物だぞー!」

マモルの傍に駆け寄ると、前方に四体の魔物がいる。ザンクだった。

「カリスさん、どうする? 突っ切る?」

「そうしよう。あいつらの足は早くない。まあ、スタミナは驚異だけど」

「了解!」

マモルは馬に鞭を入れた。にわかに速度が上がり、ザンクを置き去りにする。

「追いかけて来てるよ!」

後列のホクト操る馬車の更に後ろ、ザンクが追いすがっているのが見えた。

「カリスさん、まただ、前方にザンク六匹!」

マモルの報告を受けて、カリスは急ぎ地図を広げた。この先は山道。スタミナに勝るザンクに追いつかれる可能性が高い。四匹なら、もし追いつかれたとして、降りて戦えばいいと思っていた。だが合計十匹となると——。

「おーい! ホクト、この馬車を追い越せ! それからグラディウスはこっちに飛び移れ!」

ホクトたちの馬車が加速し、こっちの馬車を追い抜いていく。その間にグラディウスが乗り込んできた。

「来たぞ。どうするんだ?」

「マモルと交代してくれ」

「わかった」

「ミナミの魔法と、マモルとわたしの弓で、追いかけてくるザンクを狙撃する!」

三人で馬車の後方に陣取ると、カリスが素早く矢を射かけるた。マモルもそれに続く。盾を使った戦闘で自信をつけて以来、もともと使っていた弓矢の精度も上がっている。今となっては、魔物に応じて武器を使い分けることが可能。マモルのお陰でこのパーティーの戦術の幅は大きく広がっていた。

「ボール!!」

ミナミの右手に氷の塊が姿を現したかと思うと、勢いよく弾き出された。ゴッ、という鈍い音を立て、ザンクの頭に命中する。もともと、ミナミは、冷気を発して相手を凍らせることしかできなかった。それも、相手を動けなくするほどの魔力はなく、足を止めるのが精一杯。今は、氷を生成し、ぶつけることができる。グラディウスと特訓するマモルに触発され、魔法を磨いた成果だ。より修行すれば、氷の玉でなく、氷の刃を作れるようになるだろう。

「追いつかれる! 速度を上げろ!」

「四人も乗ってんだ! これで限界だ!」

「ミナミ!」

カリスの意図を察してミナミが頷く。

「ひんやり!!」

彼女の冷気が地面を凍らせると、ザンクの速度を落とすことに成功した。

 ちなみに、魔法を使用するのに掛け声は必要ないが、その方が強い魔法が使える気がする、ということらしい。

 走りながらの戦闘は程なく終息した。

 追手がいなくなると、カリスは馬車を止めさせ、ザンクの死体一体を回収。

「後で食べてみよう」

ザンクはこの地方特有の種で、王都周辺には生息していない。だから、これまで試したことがなかった。もし、食べられるのなら、庶民の貴重なタンパク源になるだろう。

 夕食時に調理してみると、ザンクの肉は赤みが多く、火で炙ると香ばしい香りがした。臭みも他の魔物程には強くない。

 出来ることなら、この味を多くの人に知ってほしい。夜、そう思いながら、カリスは眠りに落ちた。

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