第39話 ホットケーキ【1】


 せりなちゃんの部屋……入ってしまった。

 姉と一緒だけど、うわあ、ど、どうしよう。


「幸介ぇ、せりなちゃんの部屋入った事あるの?」

「な、ないよっ」


 中を覗いてしまった事ならあるけど!

 ……やっぱり水玉模様のベッドや、水色多め。

 そしてなんかいい匂いがする。

 ぐうぅ……クッションとか家具もかわいい……女の子らしい部屋っていうのか、これが……!


「ふーん。じゃあ初めてかぁ? 女の子の部屋って感じでか〜わいいよねぇ〜? ん? 待って? 幸介はお姉さんの部屋入った事あるじゃん?」

「…………女の子の部屋かぁ」

「ねえ、ちょっとなんでお姉ちゃんの顔見て目が遠くなるのよ」

「……別に?」


 女の子の部屋……多種多様であると学習済み。


「テーブルのところで待っててください! すぐ作りますね!」

「はーい!」

「あ! ……て、手伝うよ!」


 長谷部さんのところでお菓子作りは習ったし、いつももらってるばかりでお返ししてない。

 テーブルの前に案内されて一度座ったけど、立ち上がってキッチンに立つせりなちゃんの隣に行く。

 コートを脱いだせりなちゃん……の、中学の制服……!

 セーラー服! かわいい! じゃ、なく!


「ありがとう。でも大丈夫! ……っていうか、これはどうしてもわたしがやりたいの」

「え?」

「だから待ってて?」

「…………。うん」


 目が本気だ。

 なんだかよく分からないが、せりなちゃんがそう言うのなら……。


「なにか手伝える事があったら、言ってね」

「うん!」


 とはいえ、用意されたクッションに座ってただ待つっていうのも……なんかそわそわするんだよな。

 なのでせりなちゃんの姿をチラリと見る。

 せりなちゃんは制服のままエプロンを着け、髪を結い直す。

 それからしっかりと手を洗う。


「よし」


 そう一度気合を入れたあと、ボウルに卵と牛乳、ホットケーキミックスを少量ずつ混ぜながら玉を作らないように生地を作っていく。

 ハンドミキサーではなく、泡立て器。

 カシャカシャという混ぜ合わせる音。

 小さな背中。

 手際がいいな、とぼんやり思う。


「……」


 あ、違う。

 楽しそう、なんだ。

 足元が時々ステップでも踏んで踊っているように見える。


「…………」


 そして、ポニーテールもかわいい。


「幸介くぅん? 見過ぎじゃあありませんかねーぇ?」

「う、うるさいなぁっ」


 にやにやと笑う姉の顔を肘で押しのける。

 しかし俺をからかいたくて仕方ないと言わんばかりで、そのによによ顔のまま手を伸ばして抱き締めようとしてくるもんだから、ああもうウザい!

 どうにかして逃れる術はないものか、と考えを巡らせていると妙案が降ってくる。


「そういえば姉さん、長谷部さんへの告白は上手くいったの? 部屋に来てもらうとか言ってなかった?」

「ぐはぁっ!」


 なるほど、ダメだったんだな?

 一撃で沈んだところを見ると……いや、そんな気はしてたけど。


「だってぇ……そもそも最近会えないんだもん……」


 あの人、意外と生活サイクル謎だからなぁ。

 夜遅い時は深夜近くまで帰ってこない。

 ……別に観察してるのではなく、部屋のドアの音が……聞こえるわけで?


「私だって会いたいし、声聞きたいぃ」

「姉さん別に彼女でもなんでもないじゃん」

「ぐっはぁ!」


 なに彼女ヅラしてんの。

 クッション抱えてもだもだと。


「そもそも、部屋の片付けくらい自分で出来るようにしないと部屋に呼べないんじゃないの?」


 せりなちゃんのように。

 せりなちゃんのように!


「大丈夫。長谷部さんの部屋に通うから……!」


 なにが大丈夫……?

 大丈夫って、なにが?


「ん? んー? うわぁ、いい匂い〜」

「ふふ、出来ましたよ〜」

「!」


 せりなちゃんがテーブルにお皿を運んできた。

 フライパンサイズの大きなホットケーキ。

 上にはバターと蜂蜜。

 いい匂いの正体はバニラのようなホットケーキの香りとバターの香りだろう。


「フォークはこれをお使いください!」

「ありがとう! あら?」

「えっと、えっと、コウくんも今日卒業式だったんだよね?」

「え、うん?」


 そうだけど、と言った瞬間、せりなちゃんがテーブルにお皿を置く。

 ホットケーキには、文字が書いてあった。

 書いてあったというか……これは、もしかしてホットケーキアートというやつか?

 書いてある文字は『卒業おめでとう』。


「卒業おめでとう! ……なんて、わたしも今日卒業式だったんだけどね」

「……あ……ありがとう……」

「やっぱりせりなちゃんも卒業式だったんだね! せりなちゃんも卒業おめでとう〜! ……ホラ、幸介」

「! そ、卒業、せりなちゃんも、おめでとう!」

「……あ、ありがとう……!」


 ほわ、と顔が熱くなる。

 まさかせりなちゃんはこれをやりたくてホットケーキにしたのだろうか?

 あ、やばい、顔がにやける。やばい。

 片手で口元を覆うが、復活した姉のによによ顔が近づいてくる。

 このままではまたおちょくられてしまう!


「あ、ホットケーキ、いただきます」

「どうぞどうぞ! 幸枝さんもどうぞ! もう一枚焼くので!」

「え、まだ焼くの? ……まあ三人分には小さいかな?」

「バターと蜂蜜、こっちに置いておくので好きなだけ使ってください!」



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