第44話 コウくんへ【1】
「けほ、けほ……けほっ!」
小学生の頃、喘息がひどくて学校に行く事が出来なくなっていたわたし。
愛犬と触れ合いたいのに、喘息が悪化するんじゃないかと心配した父や母が棟に遠ざけてしまった。
悲しかった。
寂しかった。
生まれた時から一緒にいるから、本当にそれが一番辛かった。
学校にも行けない。
お兄ちゃんは幼馴染が三人もいるから、毎日楽しそうに学校に行く。
いいなあ、わたしも学校に行きたい。
ずっと独りぼっちの部屋で布団の中に横たわっていなければいけない。
お金ならあるから、入院した方がいいとお父様は言うけどそんなの嫌。
そうしたらますます独りぼっちになるし、喘息では死なないってお医者さんが言ってた。
トン、トン、トン。
そう考えながら一日が過ぎ、夕方になる少し前に『彼』は来る。
「こんにちは。せりなちゃん、具合どう?」
「! コウくん……! うん、だいぶいいよ。今日は熱もないし」
「そっか。良かった」
彼の名前は飯橋幸介くん。
クラス委員長でこうしてその日配られたプリントや、宿題を届けてくれるのだ。
わたしは学校を休みがちで、女の子の友達もいない。
幸介くん……コウくんだけが、クラスで一番よくお話しする子。
この時間が毎日とても楽しみ。
「はい、これ。今日の宿題」
「ありがとう。あ、これ、昨日の宿題……」
「うん、明日先生に渡すね。どこか分からないところとか、あった?」
「うん、ここの問題なんだけど……」
「あ、ここ難しいよね。えっとね、ここは……」
こうして、分からない問題の事を聞くと教えてくれる。
ああ、優しいなぁ……。
そう思いながら一年間、当然のように「好き」になった。
初恋。
そう、これは幼いわたしの初恋だった。
だから一生懸命バレンタインにチョコレートを作って、二月十三日は学校に行ったの。
十三日、バレンタイン前日。
その日の放課後、誰もいなくなった教室で作ったバレンタインチョコの入った箱を……コウくんの机の中に入れた。
恥ずかしくて恥ずかしくて、名前も書けなくて……けど、お礼と気持ちを伝えたくて……。
わたしの一世一代の「告白」。
頑張って次の日、十四日も学校に行った。
受け取ったところを、見たかったのだ。
「飯橋くんはインフルエンザで今日からお休みです」
(ふぁ!?)
……朝、ホームルームで先生が告げた一言にすさまじい衝撃を受けた。
休み!?
コウくん今日から、よ、よりにもよって今日からお休みなの!?
一週間も!?
「…………」
その日の……バレンタインの放課後。
みんながこっそり持ってきたチョコレートを男子に配ったり、友達同士で交換しているのを見たあとで……わたしもひっそりコウくんの机に入れておいたチョコレートを回収した。
家に帰ってから部屋で包装を開けて、食べる。
甘いなぁ。
甘いけど……とても辛い。
伝える事も出来ないなんて……。
「ううん、まだチャンスはある!」
そう意気込んだけれど、その後わたしもインフルエンザに罹り、それが悪化して肺炎に……。
当然入院する事になって、気がつけばバレンタインから二ヶ月経っていた。
「飯橋くんのお父さん、やばい宗教にハマってたらしいよ」
「え、なに宗教って」
「騙されて洗脳されてたんだって。だからお母さんが幸介君の事連れて旦那から逃げたんだって」
「わぁ〜、ドラマみたい〜」
くすくす。
なんでみんなが笑って話しているのかわたしには分からなかった。
「…………」
コウくんは転校したんだ。
いなくなってしまったんだ。
わたし、なんのお礼も出来てないのに。
俯いて、足の爪先をジトっと睨んだ。
わたしはなんで体が弱いんだろう?
大きくなればこんなに寝込まなくても大丈夫って言われたけれど……でも、肝心な時になにも出来ない自分は嫌だ。
ずっと一日布団の中で過ごす寂しさに、わたしは耐えられる気がしない。
だってもう……もう、コウくんは……いなくなってしまった。
「……コウくん……」
もう会えないのだろうか。
……もし会えたなら、今度こそちゃんとお礼を言いたい。
一年間、プリントや宿題を持ってきてくれてありがとう。
勉強を教えてくれたり、話し相手になってくれて本当にありがとう。
コウくんのおかげでわたしは本当に本当に楽しかったし、寂しくなかったよ。
コウくんが優しかったから、わたし……わたしはコウくんの事が……。
「コウくん……」
お礼もさよならも言えなかった。
こんなに悔しい事はない。
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