第12話 アスパラガスの肉巻き【1】
ピンポーン。
その日の夜、六時半を過ぎた頃チャイムが鳴った。
ソワソワしていた俺は立ち上がって玄関へ向かう。
チェーンを外し、鍵を開けて……そして扉を開く。
ごくり。
その瞬間漂ってきた甘辛い香り。
小皿に載せられたおかずは、ラップに覆われており湯気で中身は見えない状態。
つまり、出来立てホヤホヤという事だ。
本当に約束通り、作ってすぐに持ってきてくれたのだろう。
エプロン姿のせりなちゃんが、その小皿を両手で大切そうに持って立っていた。
「は、はい……今日は、本当にありがとう……!」
「こ、こちらこそ……!」
「……と、いうわけで……あの、アスパラガスの肉巻きを作ってみたよ。……初めてだから、美味しくなかったら……ごめんね?」
「大丈夫!」
むしろせりなちゃんの手料理を今日二回も……!
……でも、うん、やっぱり言わなきゃ。
「あの、せりなちゃん……お裾分けなんだけどさ……毎日は大変だと思うし……本当に作り過ぎた時だけで、いいよ? あの、料理科の練習って大変そうだけど……」
「え?」
今日買い物に一緒に行って、しみじみ分かったんだ。
材料費、大変……!
せりなちゃんの学校はアルバイト禁止のはずだし、親からの仕送りで──いや、せりなちゃんの実家めちゃくちゃお金持ちっぽかったけど──生活しているはずなのに、俺なんかにお裾分けする分まで材料費負担かける事になったら申し訳ない。
だから、本当に作り過ぎた時だけ……その時は……ありがたく頂くけど……やっぱり毎日は。
「め、迷惑……」
「そ、そういうんじゃないよ……!」
めちゃくちゃ分かりやすくシュンとされてしまったぁー!
「不味いとか、口に合わないとかでもないんだ! だ、ただ材料費とか、気になって……」
「え、あ、そ、それなら大丈夫だよ! お父様には『たくさん作ってパパにも食べさせてね。材料費とかこれ使え』って……!」
「!?」
せりなちゃんがお財布から取り出したのはブラックカード。
せりなちゃん、偉い!
ちゃんと貴重品は持ち歩いてるんだな。
いくら隣でも、部屋を空ける時は貴重品を身につけてた方がいい、うん!
「………………実在するんだ?」
ブラックカード。
「? お父様はいつもこのカードだよ?」
「ふえあ……」
「なにかすごいの? 買い物の時はこれを使いなさいって、教わったけど」
あれ、これ、せりなちゃんの金銭感覚大丈夫くないやつでは?
「せ、せりなちゃん今日、クレープは現金で買ってたよ、ね?」
「え? うん、料理の勉強の材料費以外はお小遣いで買ってるよ」
あ、それなら大丈夫かな?
いや、なんか嫌な予感がするな?
「お小遣い……って、月いくらとか?」
「うん、十万円くらい」
……はぁー……桁がおかしいなぁー……?
「そうなんだ。戸締り本当に気をつけてね。本当に」
「? うん?」
材料費の事は本当に心配はなさそうなんだけど、やっぱり俺の罪悪感みたいなものが……な。
「あ、あの、だから材料費の事は気にしないで? むしろあの、食べてもらった方が、わたしも……やる気が出るというか……」
「っ……」
「あ、あ、の、だから……でも、コウくんが気になるようなら……」
ああ、そんな言われ方をしたら……!
いや、だめだ! これはお互いのためなんだ!
「作り過ぎたら……持ってくるから、その……また、食べてくれる?」
「え、あ……う、うん……」
「じゃ、じゃあ、今日はそれ、食べてね。明日感想教えてね! それじゃあ、あの、おやすみなさい!」
「お、おやすみ……」
だいたい六歩程度で隣室にたどり着くせりなちゃん。
今日はこちらを振り返る事なく、部屋の扉は閉まってしまった。
少しだけ、もったいない事をしてしまった気になる。
けど、毎日気を使われてしまうと……やっぱり俺も気になってしまうし……うん。
それにしても、せりなちゃんの家って本当にお金持ちなんだな。
まさかブラックカードが本当に存在したなんて。
それにお小遣い月十万円……。
「……住む世界が違う……って感じだな」
嘲笑した。
そんないかにもなお嬢様であるせりなちゃんには、きっと婚約者とかもいるんだろう。
ここまで非現実的だと、いそう。
なんでそんなお嬢様が俺みたいな庶民に構うんだ。
昔、ただプリントやノートを届けてただけ……それだけなのに。
いや、それだってクラス委員長だったから。
……クラス委員長だって、押しつけられて嫌々……。
「…………っ!」
頭をぶんぶんと左右に振る。
冷めてしまう。
せりなちゃんが、作ってくれたアスパラガスの肉巻き。
昔の事だ、もう、昔の事。
卒業式のために一度地元には帰るけど、それが終われば俺は……まああの場所には二度と帰らない。
あんな場所……!
「……いただきます」
電子レンジで温めたインスタントのご飯と、インスタント味噌汁。
そしてせりなちゃんが作ってくれたアスパラガスの肉巻きをテーブルに並べてから、手を合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます