第13話 アスパラガスの肉巻き【2】


「……では、いざ」


 ほかほかのご飯の上に一度肉巻きをのせ、タレを落としてから口に入れる。


「ん、んん〜……」


 美味い!

 先に来るのは肉の油とタレ!

 そして出来立て特有の熱。

 舌の上で肉の油がじわりと広がり、タレの味を一緒に隅々まで届けてくれる。

 噛むと肉汁とタレがよく絡んだしゃき、っとしたアスパラガスの食感。

 さすが旬。肉とはまた違う、絶妙な甘み。

 いや、これは旨味というやつだろうか?

 すげぇ、野菜なのにこんなに爽やかな旨味と甘みが出るなんて……。

 それにアスパラガスってあったかいとあんまり美味いイメージないけど、これは普通にありだ。

 肉の油とタレ、アスパラガスの食感。

 それらが一体となり、噛んだ瞬間のあらゆる満足感が一瞬満たされるかのようだ。


 しゃき、しゃき……。


 ああ、なにがすごいって、肉の食感もまたアスパラガスの爽やかな旨味に包まれて、口の中がアスパラガスの味に変わっていくとこほだろうか。

 なんだ、これは、すごくないか?

 噛めば噛むほど肉やタレでなく、アスパラガスが勝っていく……!

 いや、肉と野菜の旨味が両立する料理ってそれだけですごいと思う。


 ごくん。


 飲み込んでから、ご飯をかきこむ。

 うん、うん……さっきのほんの少量の油とタレが美味い。

 やっぱり飯には甘塩っぱいものが合うよなぁ。

 あと、肉。


「っていうかなくなるの早いな」


 気がつけば最初の一本がもう喉に飲み込まれていた。

 すごい、なんだこの食べやすさは。

 こんな食べ物があったのか、ってくらい食べやすい。

 無意識に二本目に箸が伸びている。

 タレをご飯に垂らし、パクリと一口。

 しかし今度はずるりと中身が先に出てしまった。

 口に先陣を切って入ってきたアスパラガスのおかげで、包んでいた肉はご飯の上で待機となる。


「はふ……」


 あ、結構熱い。

 中身までしっかりと熱が通っていたのだろう。

 太い方から噛む。

 甘い、美味い、なんだこれ、これだけでも美味い……!

 肉の油をたっぷりまとった野菜がこんなに美味いなんて知らなかった。


 しゃき、しゃき……。


 熱を通したアスパラガス。

 ただそれだけのはずなのに、柔らかく、しかししっかりとした食感を残している。

 歯で噛んだ瞬間、アスパラガスの旨味が詰まったような汁が口の中に飛び散るのだ。

 それはさほど多いわけではない。

 だが、鼻腔に抜ける爽やかな香りを生み出す。

 アスパラガス……美味い。


「……旬、美味い」


 なんかこれだけでもいいぐらいかも。

 そんな風に舐めた口を利けたのはここまでだ。

 ご飯の上に置きっぱなしだったタレのたっぷり絡まった肉。

 アスパラガスをすべて飲み込んだあと、箸をご飯の上にあった肉とともに口の中へとかき込んだ。


「っ」


 やば、なにこれ。……うまっ。

 白米に染み渡るような油とタレ。もうこれに尽きる。

 もはや罪深いのでは?

 そう思えるほどの多幸感。

 はやりご飯と肉は最高だ……もうこれだけでいくらでもいける。

 そう思うのに、先程食べたアスパラガスの爽やかな旨味が舌の上に残って主張するのだ。


 ──本当か?


 と。とてもシンプルに……問いかける。

 いや、もはやこれは脅しかもしれない。


「っ……!」


 やはり! アスパラガスの肉巻きは肉だけではダメだ!

 三本目に箸が伸びる。

 そう、これ!

 瑞々しい緑色のアスパラガスに、タレが十分滴るほど絡まった肉が巻いてあるこの状態こそが完璧なのだ。

 どちらかが欠けてもいけなかった……俺は、なんて馬鹿だったのだろう!


「あーうめぇ、これだよな〜」


 からん。

 あっという間に皿が空になってしまった。

 インスタントのご飯は再度温めて二杯目。

 美味い、おかずがもっと欲しいくらいだ。

 アスパラガスの肉巻き、ごちそうさまでした。


「…………そういえば……普通に美味しく頂いているな? 今日」


 せりなちゃんの事を考えず、アスパラガスの肉巻きの美味さに夢中になってしまった。

 まあ、それだけ美味しかったんだ。

 きっと下処理とかも頑張ってやったんだろう。

 ……俺はせりなちゃんにもらってばかりだ。

 せりなちゃんがお嬢様で、お金持ちで、俺とは違う世界にいる人だからって……それでもこんな風に貰いっぱなしは、やっぱり嫌だ。

 ちゃんとお礼がしたい。

 でも、俺はせりなちゃんにあげられるものなんてなにもない、しなぁ。

 なにかお礼になるもの……。


「ダメだ、さっぱり思いつかない」


 バス停まで案内する?

 いや、学校に通うようになれば毎日の通学路だ、嫌でも覚えるだろう。

 そもそもまだ二月頭だ。気が早すぎる。

 自宅の警備?

 自分の家の警備も出来てるか怪しいのに?

 だいたい、せりなちゃんはお金持ちなんだから監視カメラとかセトムやアリサックのような警備会社に入ってるだろう。


「?」


 あれ?

 でも、それだけお金があるならなんでこんな築五年の二階建てアパートに引っ越してきたんだろう?

 確かにオートロックではあるけれど、ワンルームだぞ?

 いや、一人暮らしで広い部屋を借りる必要は、ないかもしれないけど……。

 けど、女性向け賃貸も増えてきているし、別にここじゃなくても良かったんじゃ?


「……お礼はもう少し考えてみるか……」

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