第33話 ヘアサロン雅【3】


「ありがとうございましたー!」


 カランカラン、と鐘が鳴る。

 最後のお客さんのお見送りが終わったのは夜七時をすぎた頃だった、

 つ、疲れた……歩き回ってはいたけど、立ち仕事ってこんなに大変なのか。

 ただ洗濯物干したり掃除したりお茶出ししてただけなのに、疲労がすごい。


「お疲れ様〜。いっぱいお手伝いしてくれてありがとねー、コウちゃん!」

「い、いえ……」

「ねぇねぇ、どうだった? 美容院のお仕事楽しかった? それとも大変だったかな? でもねでもね」

「やかましい萩野。後片付けを先にやれ!」

「いたーい、浮島さんの意地悪ー。んもぅ、分かりましたよぅ〜」

「…………」


 萩野さん、今日一日ずっと喋ってたのにまだ喋れるのか。

 喉どうなってんのあの人。


「飯橋、お前明日ちゃんと皮膚科行けよ」

「は、はぁい」

「弟、お前帰る準備しとけ。姉の分も」

「は、はい」


 そして今日一日で分かった事だけど、浮島さんは店長としてとてもしっかりしていると思う。

 というか浮島さんも萩野さんも背が高くてイケメン。

 なので、今日のお客さんは女性ばかりだった。

 とはいえ、先に長谷部さんに出会っているせいか、姉と同じく「やっぱり長谷部さんの方がいいなぁ」と思ってしまう。

 や、だって浮島さん怖いし萩野さんは別な意味で怖いよ。

 萩野さん、陽キャすぎて近づきたくない。とても。


「……」


 ただ、浮島さんの仕事姿は……普通にかっこ良かった。

 職人って感じで、動きというか流れというか、つい、目を奪われる。

 なんかすごいなぁ、って思った。

 大人の男の人って感じで……喋るとすげー怖いけど。


「あの、浮島さん……浮島さんが、せりなちゃん……あの、冬紋さんの髪につけ毛をしたんですよね?」

「は? 誰だ? 冬紋? つけ毛?」


 え、忘れてる?


「冬紋翡翠くんの妹さんですよー。この間来たらしいですよ。浮島さんがつけ毛でロングヘアにしたって」

「ああ、用もないのに来たシスコンアイドルがいたな」

「シスコンアイドル別に冬紋くんだけではないのでは〜?」

「話が逸れるからお前は首突っ込んでくるな萩野」

「あーん、ひどーい」

「で? それがなんだよ」

「あ……えっと……」


 確かに、それがなんだ、だな。

 いや、俺は……ただ、単純に……。


「す、すごく」

「?」

「せ、せりなちゃんがすごく、かわいくなってたので……あ、ありがとう、ございます……」

「「「………………」」」


 いや、短いのも可愛かったよ?

 短いのもかわいかったよ? 本当に。

 でも、本来なら髪の長いせりなちゃんってしばらくは見られなかったんだよ。

 切ったばかりと言ってたし、あれくらい伸ばすのには一年とかかかると思う。

 それを一日で!

 来年までかかったであろう、長髪のせりなちゃん!

 かわいかった。

 めちゃくちゃかわいかった!

 だからありがとうございます。マジで。

 言える相手がいるのなら、言いたいじゃないか!

 だってそのくらいせりなちゃんかわいかったんだ!


「…………なに、お前の彼女だったの?」

「ち、違いますけど!」

「ははぁ〜ん☆ さては好きな女の子だなぁ?」

「ち、ちが……違います!」


 そんな! 違う!

 せりなちゃんは俺の憧れなんだ。

 そんなせりなちゃんをあんなにかわいくしてもらったら、なんか、こう、お、お礼は言うべきだろう! すごく!


「幸介、せりなちゃんの事好きなんじゃないの? まあ、少なくともせりなちゃんは幸介の事好きそうよね〜。毎日お裾分けと称しておかず持ってきて会いにくるんでしょ?」

「え、なにそれもうサクッと告って付き合うべきでは? お兄さんが告白の仕方教えてあげよっか? ん?」

「だ、だから違います! お、恐れ多い!」

「「恐れ多い」」

「恐れ多いですよ! だって全然! せりなちゃんと、俺は……釣り合わない!」


 貧乏なシングルマザーの家庭で育った俺と、お嬢様のせりなちゃん。

 平々凡々な容姿と、それこそアイドル活動してても違和感ないかわいさを誇るせりなちゃんが……釣り合うわけがない!

 なんの努力も出来ない俺が、毎日頑張ってるせりなちゃんを好きとかおこがましいにも程がある!


「はえ? なら釣り合う男になればよくない? まずどの辺が釣り合わないと思ってんの? 顔? 見た目? 頭? 運動出来ない?」

「……え……」

「あー、まあ幸介はそんなに素材は悪い方ではないけど、見た目は一緒に歩くと見劣りするかなぁ〜。姉の贔屓目抜きで!」

「じゃあまず見た目を変えようか〜。ふふふ、萩野お兄さんがイケメンにしてあげるよぉ〜!」

「え? は?」

「まあいいか。今日はもう店も閉めるし。いいぜ、カットモデルにわざわざなりたいというんなら好きにしな。その代わり後片付けはちゃんとやれよ。お疲れ」

「……え?」

「「ムフフフフフフフフフフフフ」」

「…………えっ」


 姉が。

 萩野さんが。

 ……怖い。


「えっー!」


 ガシッと左右の方を掴まれ、椅子に連れて行かれ、散髪ケープをかけられて、あとはあれよあれよ。

 俺の意見など姉も萩野さんも聞きゃしない。

 シャンプーされたあとあーでもないこーでもないと言いつつ、萩野さんのハサミは止まらなかった。



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