第32話 ヘアサロン雅【2】


「…………」


 しゃき、しゃき。

 掃除しながら、浮島さんの手元に目がいく。

 ハサミを入れる音。

 俺は髪なんて長くなれば切ればいい、邪魔だし。

 とか、思ってたんだけど……。


「長さこんくらいでいいのか?」

「うん、いつもより長めでお願い」

「上のボリュームどうする? 増やす?」

「お任せするー」


 萩野さんの客はよく喋るし、浮島さんのお客さんもとてもよく喋るけど……浮島さんの手元は一度も止まらない。

 相槌を打ちながら段差をつけて、指で髪を挟んで……ちょき、ちょき。

 なぜだろう、目が離せない。

 綺麗だ、すごく。


「毛先傷んでるぞ。ケアサボってんだろ」

「えー、やってるんだけどなー」

「じゃあ髪質に合ってねぇんじゃねぇの。シャンプーとコンディショナー、変えたら?」

「え、変えたばっかなんだけど」

「はあ? 自分の髪質に合ったやつ使えよ。うちのおススメでなくてもいいんだから」

「えー、本当浮島さんって商売っ気ないよねー。そこはゴリ押ししてくるとこじゃないの?」

「ゴリ押しして髪がダメージ負ったら意味ねーだろざけんな」


 ……いや、やはり口が悪い。


「あーん、浮島さんのその彼氏ヅラなとこ本当イイよねー」


 ……そ、そこは全然分からない……!

 どの辺が彼氏ヅラ?


「コウちゃん、コウちゃん! 掃き掃除終わったらお客さんにお茶を出してもらえるかなー?」

「え、は、はい」

「二人とも紅茶でいいらしいからー」

「は、はい、分かりました」


 えぇ、美容院ってお茶まで出すの!?

 掃除用具を置いてきて、姉に紅茶の事を聞くと給湯室まで連れて行ってくれた。

 座りっぱなしと喋りっぱなしになるから、温かい飲み物を飲むと、体の緊張もほぐれるし喉にもいいんだって。なるほどね。


「冬場だとゆず蜂蜜が人気だよ。ゆず蜂蜜はそこに漬け込んである柚を一枚コップに入れてお湯を注ぐだけ。まあ、今回は紅茶だからティーパックで大丈夫。ティーパックは使い回ししないで、一人ひとつね。あ、そろそろ買ってこないとダメだねぇ」

「砂糖とミルクとかは?」

「今回はミルクティーって言われてないから大丈夫だよ。ミルクティーって言われたらシロップとミルクつけてあげて」

「分かった」


 結構細やかな気配りもするものなんだな。

 ……そういえば……。


「姉さん、せりなちゃんがこの店来たみたいだけど……」

「ああ、うん、来てたみたいだね〜。せりなちゃんには萩野さんより浮島さんの方が合うと思って、浮島さんが担当してたみたいだよ。まあ、浮島さん『Colorカラー』も担当してるしねぇ」

「?」

「あ、せりなちゃんのお兄さんのいるアイドルグループだよ。うち、芸能事務所と提携してて、この町に支社がある春日芸能事務所所属のアイドルの髪や化粧を担当してるの」

「……え?」


 ……せりなちゃんのお兄さん、アイドル……そういえば聞いた記憶があるような……。

 近くに住んでる、とも。

 でも、まさか、ええ?


「ね、姉さんもせりなちゃんのお兄さんに会った事あったの」

「あるよぅ、お得意様だもん。まあ、あんまり詳しくはお話ししないよ? ファンに刺されるからねぇ」

「…………」


 なにそれこわい。


「まあ、ぶっちゃけ幸介が通う予定の東雲学院って芸能科があるでしょう?」

「う、うん」

「あそこの芸能科の子もうちの美容院で担当してるの。スザンヌ姉さんが卒業生で、そのご縁でね〜」

「!」

「幸介はまだ知らないと思うけど、町全体で東雲学院芸能科の子の活動を応援してるんだよ。アーケードとかでコラボイベントとかもするの。町の産業貢献してくれてるから、すごく面白いと思うよ〜! 再来月になったら幸介と同じく新入生が芸能科にも入ってくでしょ? そしたら新しいアイドルの子のお披露目ライブとかあるの! あのねあのね、東雲学院の隣には千人くらいお客さんが入る東雲ホールっていう会場があるの。そこで月に三回ライブが行われててね!」


 あれ、これ止まらない感じ?


「卒業後もアイドルやる子は少ないんやだけど、デビューした子を見に行って応援するの! そうするとその子が一年で成長する過程とか眺められて幸せなの! 可愛いのよ〜! でもどんどん体も成長するし垢抜けてアイドルになっていくっていうのかな? 歌もダンスもどんどん上手くなっていく過程が見守れてきゃーってなるんだよね!」


 止まんねぇなぁ。


「……ふーん……」


 けど、そういえば長谷部さんもそんな事言ってたな。

 ……いや、なんか外から見てる人と仲を知ってる人の温度差を感じてヤベー……。

 長谷部さんは「あの学科、見た目が華やかだけど過酷」って言ってた。

 色々あるんだろうけど……。


「い い は し ……」

「「………………」」


 がっ。

 ……と、バックヤードの通り道に手が現れた。

 握り潰すように縁に指が食い込む。

 今の声……い、今の声は……!

 うおおおお!

 じりじりと浮島さんの顔がゆっくり現れ──……ひいいぃ! 目が怖い! 目が怖い!!

 絶対めちゃくちゃ怒ってる顔!


「紅茶は……?」

「「ハッ!」」

「冷めたな? 淹れ直せ。秒で持ってこい」

「「は、はひ……」」


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