第31話 ヘアサロン雅【1】


 なぜこんな事に?

 なぜこんな事に?

 そんな事を繰り返しながら、ぴいぴい泣く姉に手を引かれバスで二駅のアーケード……ではなく、道路沿いの道にその店はあった。

『ヘアサロンみやび』……姉の職場だ。


「いらっしゃーい!」

「!?」


 ガタイのいいお兄さんから女じみた高音が。

 髪長いし、耳にピアスいっぱいつけててなんか怖……。

 それに口紅?

 化粧して……え? なにこの人……おかま?


「この人はオーナーのスザンヌ姉さん」

「!?」

「スザンヌよ! よろしくねぇ!」


 入った瞬間からの情報量が多すぎる!


「で、奥で睨みつけてるのが店長の浮島さん」

「…………」

「ひっ! ……は、初めまして……」


 せ、接客業の人とは思えないほど分かりやすく睨みつけられた……!

 イケメンだけど、俺も長谷部さんの方がいい!

 怖い人は苦手!


「ちなみに第一印象のままイメージ変わらないから」

「うぇ……」


 マジですか。


「なんだ? 飯橋……こそこそするなら堂々と言え」

「なんでもありません!」

「まあまあ、店長〜。そんな怖い声と顔だからアクアちゃんにも涼ちゃんにも振り向いてもらえないんスよ〜」

「今! それかんっけーねぇだろ!」

「どうも〜、人いなさすぎてチーフから副店長になりましたー、萩野くんでーす。っていうか飯橋ちゃんの弟くんかわいいねー。歳いくつ? 彼女いる? 身長体重スリーサイズ聞いてもいい?」

「ダメ! です!」


 この職場大丈夫……?


「ごめんなさいねー、うち、最近女の子が産休のまま退職しちゃってまた人減っちゃったのよぉ〜。あたし、もう一軒の方にいつもいるんだけど、今度は飯橋ちゃんが手、火傷しちゃったっていうじゃなぁい?」

「本当に申し訳ありません」

「ホンットどんくせーな。しかもアイロンで火傷とか素人かよ」

「すみませんすみません!」

「ドジっ子な飯橋ちゃんもかわいいと思いまーす。萩野くんは飯橋ちゃんを応援しまーす。早く治してねぇ?」

「ありがとうございます!」


 ……悪い職場ではないんだな……変な職場だけど……。

 っていうか、女って姉さんだけ?

 ええ……大丈夫なのか?

 本当に人がいないんだな……。


「あ、ほら、幸介も自己紹介して」

「あ……は、初めまして、飯橋幸介といいます」

「コウちゃんね! よろしくねぇ!」

「じゃあさっそくタオルの洗濯……」

「よろしくねぇ、コウちゃん! 俺の事は気安くはぎちゃんと呼んでね!」

「ウゼェ萩野」


 一番仲良くなれそうにない浮島さんとソッコーで意見が合致すると思わなかった。


「やってもらいたいのはタオルやフキンの洗濯よ。あとは床の掃き掃除。弟ちゃんは十五歳って事だから、バイトじゃなくてお手伝いって事にするけど……それていいのかしら?」

「あ、は、はい。姉がいつもお世話になってるし……インフルで一週間休んだ挙句今度は火傷とかご迷惑をおかけしてるので」

「幸介ェ〜!」

「うふふ、しっかりした弟ちゃんね! じゃあよろしくお願いするわ。あたし、二号店に戻らなきゃいけないからあとは浮島ちゃんよろしくねぇ」

「へいへい」


 と、スザンヌさんはそそくさと店から出て行った。

 ……いや、なんていうか、自分で言ってなんだけど…………スザンヌって。


「おい、飯島姉。お前手は怪我してても左手だけで備品のチェックくらいは出来るだろう。やれ」

「は、はい!」

「弟は今言われた事をやれ。掃除用具やらは姉に聞け。そろそろ予約客が来るから、裏で洗濯機回してろ」

「は、はい」


 と、いうわけで始まった姉の職場のお手伝い。

 びびったのは洗濯物の量。

 いや、なにこれ、やばくね?

 タオル、カゴに山盛りどころか溢れかえって床に落ちてんだけど……?

 しかも洗濯機の中に洗い終わってるやつが入りっぱなし……。

 干す時間ないって事?

 そんな時、カランカランとお客さんが入ってきた。

 お客さんは二人の女の人。

 浮島さんと萩野さんはさっそく接客に入る。

 ……な、なるほど、すでに人手が、ない。


「干すのは手伝うね」

「うん」


 まず洗濯機の中身を取り出して、ドバドバと洗濯物カゴにたまったタオルを投入。

 洗剤を入れて、洗濯スタート。

 店舗二階のテラスで洗濯済みのやつを干す。

 ひたすら干す。

 びっしりになるまで干す。


「……これで一部」


 美容院ってこんなにタオル使うの……?


「そろそろシャンプーが終わるから、新しいタオル補充に行くよ」

「う、うん」


 そう言って姉が戸棚から畳んであるタオルを大量に取り出した。

 なんかシャンプー用、カラー用、カット用……色々と種類わけされているらしい。

 知らない世界だ。


「飯橋弟、床掃除!」

「へ、あ、はい!」


 一階に降りてタオルを補充していたら、浮島さんの声がした。

 姉に掃除用具の場所を教わり、箒とちりとりを持って店に戻る。

 髪を切りに来ていた女の人たちは、浮島さんと萩野さんの二人ととても楽しそうにお喋りしていた。

 浮島さん、接客中は割と喋るらしい。

 といってもほぼ相槌みたいだけど。


「それでねー……あれ、新しい子?」

「いや、飯橋がドジったから弟が手伝いに来てる」

「やだー、かわいー」

「飯橋ちゃん、インフル治ったの?」

「治ってるよ。でも今度は火傷しちゃったんだって」

「えー、早く治るといいねー」


 ……お客さんも、姉の事を知ってるし……心配してくれてる。

 まあ、多分声色からして表面上だけだけど。

 明らかにこの人たち、浮島さんと萩野さん狙いっぽいもんね。

 二人ともかっこいいから仕方ない。

 女性客が多いのだろうか。

 そもそも美容院って女の人が来るイメージだけど……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る