第30話 ローストビーフ【3】


 翌朝もローストビーフ丼。

 うん、美味しそう。

 昨日の残りの普通のやつも、一緒に食べ終えてしまおう。

 というわけで電子レンジでご飯を温める。

 朝なのでインスタントの味噌汁でも入れようか、と思うけどローストビーフ丼と味噌汁ってどうなんだろう?

 タレが和風だし、もしかしたら会うかも?

 ダメならダメで仕方ない。


「いただきます」


 冷蔵庫に入れておいたので肉が少し固いな。

 でも、気になるほどではない。

 それにご飯の上にのせたタレが絡んだ方は、つけ込まれてていい感じになってると思う。

 レンジで温めたほかほかご飯の上にのせれば、あっという間にあたたかさが移る。

 今日のやつは玉ねぎとねぎがたくさん入ったタレ。

 多分昨日のやつよりもなんかすごそう。


「む……!?」


 口に入れると……なんだ、この不思議な甘み。

 玉ねぎかな?

 茶色いタレはもしかしてすりおろした玉ねぎだったのか?

 ええ、これせりなちゃんがやったのか?

 涙ボロボロ出たんじゃ……。

 それに、形がちゃんと残ってる玉ねぎとねぎ。

 やや、大きめの雑なみじん切りで、しゃきしゃき食感。

 え、美味しいな?

 肉がすごく柔らかくなっていて、さっぱり感も昨日のやつより増し増し。

 肉に染み込んだ玉ねぎの甘味。

 しかもこれ、醤油じゃなく少しだけ味噌が入ってる。

 そうか、玉ねぎと味噌で肉がより柔らかくなったんだな。


「結構、合う」


 しゃきしゃき食感、肉の食感、味噌の風味。

 ご飯に合う。

 爽やかで、くどくなく、しつこくもなく。

 そこに加わるのが癖のあるねぎ。

 このねぎが大きめに切ってあるから、なんとなくそれに肉を巻いて食べてみた。

 あ、あり〜〜〜!

 肉がそもそもしっかり肉肉してるから、ねぎに巻くと食べ応え抜群、味しっかり増し増しになる。

 ご飯をかき込めばほんのり味噌の味も効いてきて、ぼりぼりイケるな。


「……ふう」


 おかげでインスタントとはいえ味噌汁もいい感じに合う!


「すごいなぁ、せりなちゃんは……」


 食べ終わってから独り言。

 いや、だって素材は間違いなくいいんだろうけど、それをちゃんと美味しく出来るんだからすごい。

 まあ、プロならもっと美味しくするのかもしんないけどさ。

 それでも、俺ならまずうん万円しそうな牛肉に尻込みするよ。

 ……価値が分かってなかったとか、そういう可能性もなきにしもあらずだけど……。

 でも、きちんと作って美味しくしてる。

 いや、それよりもなによりも、毎日だ。

 毎日作ってくれる。

 今のところ一日も欠かす事なく毎日。

 すごすぎるだろ。

 毎日自炊して、調理科だからって嫌にならないのか?

 一日くらいサボりたくならないのかな?

 俺なんて早くもご飯炊かなくなってんだけど。

 電子レンジでチンするご飯、楽だし美味いし。

 いや、炊いた方が美味いのは分かってんだけどさぁ。

 せりなちゃんはすごいよ。

 作った事のない料理にも、今回みたいな作りすぎ失敗はあるものの……チャレンジし続けてて。


「…………」


 対して俺はどうだろう?

 俺はなにかにチャレンジしたりしてるのか?

 将来なにになりたいか、とかも考えてない。

 ただ高校は……行かないと就職出来ないだろうし……。

 就職? なにに?

 やりたい事とかないのに?

 好きな事も特にないし、夢もない。

 昨日の登校日も誰かに話しかけたり話しかけられる事もなくて……アパートに戻ってきてようやく人と話した。

 まあ、せりなちゃんだけだけど。


『コウくん』


 そう呼んでくれる声が耳に残ってる。

 笑顔も浮かぶ。

 俺は、せりなちゃんに憧れている。

 うん、そうだ、憧れだ。

 お金持ちの家のご令嬢で、お嬢様学校に入学予定。

 優しくて、すごくかわいくて、努力家で真面目で、ちょっとだけドジで方向音痴で……。

 ただの庶民で、こんななにもないダメダメな俺とは到底釣り合わない。


 ──『はあ? 努力もしないで嫉妬とかしてんじゃねーよ』


 その通りだ。

 俺はなんの努力もしないダメなやつだ。

 こんなダメダメな奴に、なんでせりなちゃんはあんなに優しくしてくれるんだろう。

 そしてこんなに優しくされっぱなしで、俺……本当に……。


「…………」


 夢とか、目標があれば……少しは変われるんだろうか?

 別に隣に立ちたいとか、そんな無謀な事は考えてない。

 ただ、本当にちゃんとしたお礼がしたいんだ。

 こんなダメな俺に話しかけて、覚えててくれて、毎日お裾分けをくれるせりなちゃんに、なにか……お返しがしたい。

 なにも持ってないからお礼が出来ないんだ。

 なら、なにか一つでもお礼になるようなものを得たい。

 それは、料理とかじゃなくてもいい、と思う。

 道案内は限定的だし、もっと、俺の手になにか……。


 ピンポーン。


 そこまで悩んでいた時、チャイムが鳴る。

 立ち上がって扉の前に行くと「幸介〜」という姉の声。

 ああ、インフル治ったんだっけ。


「はい」

「ぐすん……」

「…………どしたの」


 ぐすんって。


「指、火傷した……アイロンで……」

「え?」

「雑用出来ない。休めって言われた。でも、人足りないから雑用係が欲しいって言われた。幸介、お願い! お姉ちゃんの代わりに、お店の雑用を頼まれてぇ!」

「え? え……!?」


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