第4話 冬紋せりな【2】


「はあ……」


 その後、俺はお菓子をテーブルの上に置いて再びパソコンと向き合っていた。

 ロードが終わると次はウイルス対策。

 パソコンなんて正直使うか分からないからタブレットの方が良かったような気もするけど……姉さんが「ノーパソの方が便利なんでしょ?」とタブレット案はスルーされた。

 ……ぶっちゃけ俺もノーパソとタブレットの違いがよく分かっていない。

 スマホとタブレット、ノーパソ……違うのは大きさ?

 テーブルに置きっぱなしのスマホを手に取ったから「あ」と気がつく。

 ……せりなちゃん、SNSとかやってるかな?

 連絡先の交換とか……したい……。


「っ!」


 ごん。

 と、テーブルに額をぶつける。

 なにを考えてるんだ! そんなの無理に決まってる! 無理っていうか……今日! ついさっき再会したばかりなのに……いきなり連絡先交換したいとかパリピかよ!

 そんな陽キャみたいな事、俺に出来るわけないじゃないか! 無理!

 っていうか、そもそも今隣にいるんだよな?

 隣の部屋に……この壁の向こうに……。


「…………うっ」


 いかん、いかん。

 変な想像してはいけない。

 えーと……あ、そうだ……飯を食おう。

 気がつけばもう18時過ぎてるじゃん。

 お腹が減っているから集中力が落ちて変な事を考えたに違いない。

 そうだ、そういう事にしよう。


 ピンポーン。


 コンビニに行こうと立ち上がったら、チャイムが鳴る。

 姉が帰ってくるには些か早い。

 聞いた話だと、よく21時を過ぎると言っていた。

 じゃあ誰だ?

 今度こそ覗き穴から外を確認する。


「え? せりなちゃん?」


 ギョッとした。

 昼間会ったばかりのせりなちゃんが、外に上着を羽織っただけで立っている。

 ピンク色のカーディガンと、中にはブラウンのセーター。

 いくらハイネックでも、まだ二月……寒いはずだ。

 慌てて扉を開けると、せりなちゃんは嬉しそうに微笑む。

 か、かわいい。

 じゃ、なくて!


「ど、どうしたの! なにかあったの?」

「え? う、ううん、あのね……わ、わたし、高校は調理専攻なの……」

「? え?」

「えっと、調理専攻……それで、あのー……自炊を、毎日して練習しようと思っててね……あの、でも、今日はその、慣れてなくて、作りすぎちゃったんだ。コウくん、ご飯まだだったら……その、お、お裾分け……もらってくれないかな……?」

「へっ……」


 なんだって?

 頭が処理に追いつかない。

 でも、差し出されたタッパーは思わず受け取ってしまった。


「え、えっと……」

「に、肉じゃがを作ってみたの。あ! そ、そうだ、コウくん、アレルギーとかある? 食べられないものとかあったりする!?」

「いや! ない!」

「本当!? ……そ、そっか、よ、良かったぁ」

「……」


 かわいい。

 じゃ、なくて!


「え、あの、ほ、本当にもらっていいの?」

「うん! あの、良かったら感想とか聞かせて欲しいな。あと、迷惑じゃなかったら、その、これからもわたしが作ったものとか、食べて欲しい……なんて……」


 最後の方は消えそうな声。

 でも、ええ? せりなちゃんの手作り料理を? これからも? 夢か?


「い、い、いいの? 俺は、その、すごい嬉しい……」

「ほ、本当? 迷惑とかじゃない?」

「うん、もちろん!」

「……っ! よ、良かった……あ、ありがとう。あの、失敗とかしたらごめんね」

「いやいや!」


 せりなちゃんが作ったものなら失敗作でも食べたいくらいだ。

 ちょっとがっつきすぎたかもしれない。

 気持ち悪がられるかも、と一歩下がる。


「ちょうどコンビニにご飯買いに行こうと思ってたから……本当ありがたいよ」

「コンビニに? ……えっと、その、良かったらご飯も持ってこようか? おかずだけじゃ足りないよね?」

「え、いや、さすがにそこまでもらうのは……」

「い、いいのいいの! 一人分がよく分からなくて、ご飯も炊きすぎてたから! む、むしろコウくんにもらって欲しい!」

「そ、そうなの? えっと、じゃあ、あの、め、迷惑でなければ」

「うん! 全然! 全然まったくこれっぽっちも迷惑じゃないよ! いぃ、今! 今持ってくるね!」


 慌てて戻っていくせりなちゃん。

 手に持たされたタッパーはまだ温かい。

 それを持ったまま、一分ほどドアを開けたまま待っていると、バタバタと慌てた音がして隣室の扉が開く。


「はい!」

「あ、ありがとう」


 また、タッパーを手渡された。

 少し熱いよ、と言われて持たされたタッパーは、確かに肉じゃがよりも熱い。


「ほ、本当にありがとう。ありがたく頂くね。あ、タッパー洗って返すから」

「あ、う、うん! あの、そ、それじゃあ……」

「うん」


 小さく手を振って、せりなちゃんは隣の部屋へと小走りで戻っていく。

 寒さのせいか耳まで赤くなっていた。

 俺もスウェットで玄関に立っていたからなかなか体が冷えている。

 でも、その冷えが心地いいくらい、顔が熱い。

 扉を閉めてテーブルまで二段重ねのタッパーを持っていく。

 せりなちゃんの手作り。

 まさか、憧れの女の子の手料理を食べられる日が来るなんて……。


「あ、いただきます」


 心の底からその言葉を使ったのは何年ぶりだろう。

 蓋を開けて食べようとした時、ハッとする。


「箸!」


 このあと結局コンビニに走った。

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