第5話 お裾分け
コンビニで明日の朝食べる分の弁当と割り箸(十本入り)、ペットボトルのお茶を買ってきてテーブルに座り直す。
せりなちゃんがせっかく持ってきてくれたおかずとご飯。
買い物に行ってる間に冷めてないかと心配したけど、まだ暖かかった。良かった。
では改めて……。
「いただきます」
両手を合わせて、タッパーの蓋を開ける。
ほわ、と白い湯気と白米の甘い香り。
もう一つ……俺としてはこっちがメイン……肉じゃが。
こちらも蓋を開けた瞬間白い湯気と野菜の旨味、豊潤な出汁の香りが鼻腔に届く。
艶のあるじゃがいもは黄金色に輝いていて、形はほぼそのまま。
肉は豚かな。
そして彩だろう、加えられていたのは同じく艶やかな乱切りされたにんじん。
具材はこの三つ。実にシンプルだ。
ご飯よりも先に箸が伸びたのは肉じゃが。
喉が鳴る。
普通に美味しそう。
箸をつけたのはじゃがいも。
そっと突き刺して、箸を左右に開く。
ホカァ……と湯気が増した。中までほくほく……きちんと煮込んであるのか、圧力鍋で煮たのか……どちらにしても色がしっかりついている。
片方を箸で摘み、ゆっくり口に運ぶ。
味わって食べないと……せりなちゃんの手作りだ。
……ああ、、コンビニに走った時間が今、とても惜しい。
表面が少しだけ冷めている。
けれど、美味しい……!
「んっ……味が染みてる……」
じゃがいものほくほくとした食感。
噛むとすぐにほぐれて、出汁と醤油、みりんの甘みが口に広がる。
噛まなくてもいいくらいに柔らかく煮てあり、味つけもほどよい。
あっという間に飲み込んでしまい、ちょっともったいなかったかも。
「……せりなちゃん料理上手いんだな」
次は肉。
こちらも料理酒のおかげか、柔らかい。
汁が全体に絡みついて滴る。
ワンルームの蛍光灯でこの輝きはかなりのものではないだろうか?
口に運ぶ前に、箸で持っているだけで半分に切れてしまいそうなプルプル具合。
無意識に唇を舌で舐めていた。
さっきのじゃがいもで汁がついていた唇からは、甘じょっぱい味がする。
口を開けて、肉を放り込む。
美味い。肉もしっかり味が染みていて美味い。
そして、肉を食うと白米が欲しくなる。
「…………」
無言で白米へと箸が伸びた。
一口分をすくって、口に入れる。
うん、ああ、そうそう、これこれ。
肉の繊維がほぐれて、汁と白米とが口の中で混ざり合ってより深い旨味を滲み出す。
ごくん、と飲み込むと「食った」って気になる。
「…………」
いや、それを差し引いても……誰かの手料理なんて久しぶりに食べた。
あたたかい。
材料があれば自分で作る事もあったけど、基本的に冷凍食品やスーパーの惣菜ばかりの生活だったから……。
「……美味しいなぁ」
ちょっとだけ泣きそうになったのは内緒だ。
***
翌朝、昨日洗っておいたタッパーを二つ重ねて隣室のチャイムを鳴らした。
時間は朝八時。
もう起きているかな?
それとも、まだ寝てるだろうか?
寝起きのせりなちゃん、かわいいだろうな。
あ、いや、待った、最後のはなしで。変態か。
「!」
チャイムを押した途端、中からドタンバタンと音がした。
そして扉の前に気配……。
あ、覗き穴から確認してるのかな?
そのあとガチャ、とドアチェーンが外れる音。
だ、だよね、女の子の一人暮らしだから当たり前だよね! するよね、そりゃ、ドアチェーン!
そのあとすぐに、扉の鍵が開く音。
ノブが回り、扉が、開く。
その瞬間が異様に長く感じ、緊張した。
「おは、おはよう! コウくん!」
「おは……おはよう、せりなちゃん。あの、昨日はご馳走様。めちゃくちゃ美味しかった」
「本当!? 良かった〜!」
か、かわいい……。
じゃない!
首を思わず左右に振る。
だって、出てきたせりなちゃんはエプロンだったんだ。
赤いチェック柄の、シンプルなデザイン。
髪はまだセット前なのか、少しだけ寝癖が残っていた。
え、かわいい。
無防備な感じがとてつもなくかわいい。
こんなせりなちゃんを見てしまった良かったんだろうか?
とてもいけない事をしてしまった気がする……!
「あ、あのね、コウくん……お味噌汁作ってみたんだけど、良かったら食べない?」
「え?」
「まだ出汁の取り方とか、味噌の解き方とか練習中で、もしかしたらあんまり美味しくないかもしれないんだけど……それでも良かったら……」
「い、いいの?」
むしろ、いいの? また、そんなもらって!?
驚いて聞き返すとせりなちゃんは顔を赤くして「コウくんさえ良ければ、だけど」と消え入りそうな声で呟く。
か、かわいい……!
じゃなくて!
「お、俺はありがたいけど、そんな、また……い、いいの? 本当に?」
「う、うん! あ、じゃあ、あの、持ってくるから待ってて!」
「えっ」
そう言ってせりなちゃんは部屋へと戻る。
待って、待って、待って。
ここ、玄関。
タッパーは返して、両手は空いてる。
扉は思わず持ったままになってしまったけど、この状態で待つとか……そんな……ここ、ワンルームだぞ?
真正面を見たらせりなちゃんの部屋が……生活スペースが丸見え……。
「っ!」
扉から手を離して思い切り顔を背けた。
いや、なんかもう遅いような気もする。
薄い水色の水玉模様のベッドとか見えたし。
いやいや、見なかった。俺はなんにも見なかったんだ!
「お待たせ!」
「はっ! あ、ありがとう!」
「……ま、不味かったらごめんね?」
「だ、大丈夫!」
…………なにが大丈夫なんだろう。
そう思いながらも、お味噌汁の入った器を受け取って笑いながらドアを閉めた。
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