第21話 ぶり大根


 ぶり大根とは、その名の通りぶりと大根の煮付けである。

 テーブルに持ってきたそのぶり大根の皿を置き、箸とお茶を持ってきて手を合わせた。

 お礼をしたいけど、本当になにをすればいいか分からない。

 ただ、残してはいけない。

 それだけははっきりと分かる。

 せりなちゃんが作ってくれるものへの、それが最低限の礼儀だろう。

 だからちゃんと「頂きます」を言って手を合わせ、箸を持つ。


「……ぶり大根かぁ、せりなちゃん結構チョイスが……アレだよなぁ」


 和食は嫌いじゃない。

 でも、普段コンビニやスーパーのお惣菜しか食べない俺にとって、せりなちゃんの料理は割と手が込んでいるように思うのだ。

 多分まだ不慣れだろうから、大根とぶりだけという非常にシンプルなものなんだろうけど……まあ、文句はないさ。

 なにしろせりなちゃんの手作りだからな!

 箸で大根を二つに裂き、さらに裂く。

 まん丸だった大根は四分の一になった。

 それをひとつ箸で摘み口に放る。


「ん……!」


 すごい出汁の味だ。

 それが真っ先に口に広がる。すごい。

 次に醤油とみりんの風味。

 ほろほろと解けるような大根は、それらの旨みを全部吸って溶けながらもより濃い味わいを口の中へと残していく。

 うわ、なにこれ、やばぁ……。

 口の中が幸せの味だよ……すげぇ。

 ほかほかの大根がとろけるように満遍なく咥内へ味を染み渡らせる……そんな感覚は至福。

 大根がこんなに味が染みていて美味しいなら、多分ぶりはもっと美味いのでは?

 そう思ってこちらもせりなちゃんから頂いた炊きたてご飯を片手に、箸でぶりをほぐして持ち上げる。

 え、待ってやば……。

 ぶり柔らか……やば……。


「はむ」


 もうこの時点で相当柔らかくて美味しそうだったんだが、食べてみて「うおっ」となる。


「……出汁が……うっまぁ……」


 なにこれすごくない?

 出汁、じんわりと舌の上から全身に染み渡るような幸せの味……!

 魚の臭みはなく、大根とは違うほぐれる食感。

 身に染み渡っているから、噛めば噛むほど出汁と醤油、みりんの味が口の中に広がっていく。

 なにこれ、めちゃくちゃあったまる……。


「……はむ」


 いかんいかん、ご飯と一緒に食べるのを忘れていた。

 やっぱり魚はご飯と一緒じゃないとな。

 ん、んん、こ、米も美味……!

 一粒一粒が立つといえばいいのだろうか?

 あれ? せりなちゃん、米、かえた?

 炊飯器替えた?

 格段に違うぞ、これ。

 ぶりも大根も味が染み渡っていて、ほんのり芯の残ったご飯と一緒に食べると……こう、ハーモニーと言えばいいのだろうか?

 土の中の大根と海で好き放題泳ぎまくったであろうぶりの邂逅……それを出汁と醤油とみりんが一つにまとめていく……そんな本来は相容れないもの同士が一つの幸せを目指していく物語を口の中で上演されているかのような……。

 言い過ぎかな?

 いや、そんな事はない。

 ぶり大根、最初に考えた人は天才ではないか?

 よくこの二つを一緒に煮ようと思ったな?

 一番大根の甘味が増す時期だからこそ、脂の乗ったぶりと合わせて煮込むとこんな幸せな味になるのか……。


「ほあ……」


 溜息が出る。

 ああ、ほんのり生姜の味がするのか。

 それで体が少しずつ温まっていたのか。

 生姜って、ちょっとクセが強い気がして苦手だったけど……こんなに体が温かくなるもんなんだな。


「…………美味い……」


 なんか、せりなちゃんの優しさが全身に染み入るようだ。

 やべ、なんか涙出てきた……。


「やっぱりなにかお返ししたい」


 これだけお世話になっておきながら、なんにも返せないなんて絶対だめだ。

 一週間もお粥を届けてもらい、こんなに美味しいぶり大根。

 そして……ラッピングされたチョコ。

 ぶり大根とご飯を食べ終えてから薬を飲み、いざ、ラッピングを外す。


「…………」


 チョコレートケーキ?

 小さいけど、上に「インフルに負けないでね」とメッセージが書いてある。

 はあ、なにこれ、やばい、優しい……嬉しい……。

 思わず頭を抱えてしまう。

 そのまま両手で頬を挟む。

 ついでに摘んで両方を引き伸ばした。

 そうでもしないと、変な笑い方をしてしまいそうだったから。


「……俺もせりなちゃんになにか作るのはどうだろう?」


 料理はあまり得意ではないが、姉ほどではない。

 ……大事な事なのでもう一度言うが、姉ほどでは! ない!

 俺もせりなちゃんにお裾分け返しに行けば、お礼になるのでは!


「よし! そうと決まればなにか作ろう!」


 うん、なにを作ろう!?

 姉ほどではないにしても、俺も本当に最低限しか作ってこなかったしなぁ!?

 考えろ、俺がまともに作れる数少ないメニューの中で……せりなちゃんに食べさせられそうなものは──。


「……カレー……」


 普通すぎてダメじゃね?

 そんなん誰でも作れるし、切って煮て市販のルーを入れるだけじゃん。

 そんなの作ったなんて言えなくね?

 うーん、うーん……。


 そんな風に悩みながら、結局二月半ばは過ぎてゆく。

 ちなみに、姉はこの二日後発熱して病院でインフルエンザと診断されたので俺が看病し、せりなちゃんがお粥を差し入れてくれる日々が続く事になるのだがそれはまた別の話。

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