第2話 お隣は幼馴染【2】
それから姉と共に日用品や家電を買いに町へと出向いた。
可及的速やかに必要なものは冷蔵庫、テレビ、ベッド、カーテン、テーブル、椅子……。
皿、コップ、歯ブラシ、タオル等は百均で揃え、大きなものはお店の人に夕方配送してもらう事にした。
今日の夕飯は外食。
姉が入学祝いといってファミレスに連れてきてくれた。
今日の買い物も姉がコツコツ貯めたお金だったので、姉には本当に無理をさせていると思う。
早めにアルバイトを探して、自分の家賃は自分で払えるようにしなければ。
もう、母さんには頼らない。
高校を卒業したら就職しよう。
「……そういえば、姉さん好きな人いたんだね」
「は?」
たくさんご馳走になって、ファミレスから出る時になんとなしに口にした言葉。
姉が爆発したかのように分かりやすく真っ赤になったので、改めて確信した。
姉はあの長谷部さんという人が好きなのだ。
確かに背も高く、声は低く、教師という職を思うと顔面だけでなく頭も高偏差値なんだろう。
カウンセラーもやっていると言っていたから、優しい人なんだろうし。
「なっ、あっ、なっ……」
「? まさかバレてないと思ってる? 朝会った人、だよね? 長谷部さん」
「なんで分かったの!」
嘘だろ?
マジでバレてないと思ってたの?
あまりの事にジト目で見つめてしまう。
しかし姉はそれどころではないらしい。
顔を真っ赤にして、悶絶している。
「絶対言わないでよ! じ、自分でいつか言うんだから!」
「うん……バレンタイン近いしね」
「あわわわわわわわわ……!」
なにを想像したのか、また悶絶が始まった。
くねくね、うねうねと……路上でこれは怪しすぎるかもしれない。
そんな姉の背中を押して、帰路を急ぐ。
バスに乗り、最寄りのバス停までの移動中、ぽそり、と姉は話してくれた。
「…………長谷部さんは覚えてなさそうなんだけど、小学校の時に変質者から助けてくれた上級生がいたのよね……。追い回されて、怖くて困ってたら、颯爽と現れて家まで送ってくれたの……お礼を言おうと思ったけど、別の小学校だったみたいで……」
「よく覚えてたね?」
「そりゃ忘れられないわよ。初恋の人だもん」
指をツンツン突き合わせて話す姉は、乙女だった。
美容師という職柄、姉はなかなかに見た目が派手だ。
職場の人にヘアモデルされるから。
そんな派手な見た目からは想像もつかないほどに……乙女な話を聞かされた。
身内としてこの上なく複雑だが、幼少期の姉を助けてくれた人なら俺にとっても恩人。
「応援するよ。今も変わらず、すごくいい人そうだもんね」
「でしょでしょ? そうなのよ! 一目見た時から『あ、絶対あの時の人だ!』って分かったもの! 小学校の頃に変質者から女の子を助けませんでしたかって聞いたら、よく覚えてないって言ってたけどねー。…………なんか、よくそういう事があったって言ってて。どれの話? って、聞き返されて……ゾッとしたよね」
「……ゾッとするね」
どれの話って……。
その言葉に込められたものから目を背けたくなるな。
でも、それだけその人は人を助けてる人なんだな。めっちゃいい人じゃん。
「今はカウンセラーとしていろんな学校に出張したりするんですって。基本は体育みたいだけど、整体も少し出来るって言ってたよ!」
「へー」
「それに、スーパーで買い物してる時『お料理するんですか?』って聞いたら自炊してるって言ってた! 料理も出来るなんてもう完璧じゃない? すごくない? あれで彼女がいないなんて信じられないよね〜」
「本当にいないんだ?」
「そうなの! 今まで一度も彼女を連れてきた事ないんだよ。学校が忙しくて全然出来ないんだって。ふあ〜、あたしでよければいつでも彼女になるのにぃ〜! 放置されてもいいから彼女にして欲しいよぅ!」
「…………」
向こうにも選ぶ権利はある。
しかしながら姉のこんなとろけた顔を見せられては言い出せない。
それに、姉は優しくて何事にも前向きだ。
料理はやや苦手だが掃除も洗濯も自分でこなす。……やるだけで、上手いとは言ってない。
アパートに着くとこうして荷解きやベッドの組み立て、カーテンの取り付けも手伝ってくれる。
疲れ果てて眠った翌日も、ちゃんと心配して顔を出してから出勤してくれるし……。
「それじゃあお姉ちゃん、今日はお仕事行くから。なにかあったら電話してね」
「うん、いってらっしゃい」
「いってきまーす」
笑顔の姉は可愛いと思う。
幸せになって欲しい。
まだよく知らないけど、姉を幼い頃にも助けてくれた人なら……任せていいんじゃないかな?
本人も彼女になりたがっていたし。
──ピンパーン。
部屋の片付けの続きをして、テレビを接続。
パソコンのWi-Fiの設定をしていた時だ、玄関のチャイムが鳴る。
「はーい」
昨日買った荷物が届いたのかな。
深く考えずに玄関を開ける。
覗き穴から確認もしなかった。
でも、しておけば良かったのだ。
そうしておけば、少なくとも──……。
「あの、隣に引っ越してきた冬紋と申します! よろしくお願いします!」
「…………とうもん……せりな、ちゃん?」
「………………え?」
十年ぶりに会った彼女に、だらしないスウェット姿で再会する事はなかっただろう。
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