第19話 クラムチャウダー


 姉の荒らした部屋を片付け、一休みのつもりでベッドに横たわったのが運の尽きだったかもしれない。

 一気に眠気と寒気が同時に襲ってきた。

 歯の奥が鳴る。

 なんだこれ。


「んぐぐ」


 いかん気がする。

 だめだ、これは。

 頭も痛くなってきたし、寒気が……寒気がすごい。


「……まさか、マジかよ……その日にくる?」


 長谷部さんヤバすぎだろ。

 俺、マジに体調悪かったのか?

 ううう、どんどん寒くなる……。

 エアコンを温風にして、どんどん温度を上げていく。

 それでも寒気は治らない。

 い、いや、きっと今日一日寒いところにいたからだ。

 きっとそうだ。うん。


「幸介〜」


 ピンポーン、とタイミングよくチャイムが鳴る。

 ついでに扉の向こうから姉の声。

 ベッドから起き上がって瞬間ズキーン! と派手に頭が痛み出した。

 マジかよ、マジか……。

 それでもなんとか玄関までたどり着き、扉を開く。


「部屋確認したわ、すごい綺麗になってたぁ! ありがとう〜! これはもうがんばってくれたご褒美が必要よね! ってわけで追加で三千円奮発しちゃう! ……あれ? なにその顔色……真っ青じゃない! 大丈夫? そういえば長谷部さんが具合悪そうって言ってたけど……マ?」

「……みたい」

「マジー!?」

「コウくん、やっぱり体調悪いの!?」

「うっ! せ、せりなちゃんっ」


 姉の後ろから顔を覗かせたせりなちゃん。

 ああ、どうしよう。

 明らかに心配してる! させてる!


「い、いや、あの……ちょっと寒気がするだけだから」

「やだー、風邪? インフルかも? 病院行こうか?」

「い、いいよ。寝てれば治ると思うし。引っ越しの疲れが今出たとかかも」

「そうー? うーん、体温計は私持ってないのよねぇ。一応風邪薬持ってきてあげるから飲みなー?」

「……う、うん」

「じゃあ、わたしなにかあったかいもの作って持ってくる! お粥とか食べられそう?」

「い、いや、そこまでしてもらわなくて平気!」


 そうは言ったものの、二人の顔はもう「心配!」と書いてあるようなもの。

 姉は俺を部屋に押し込めると「着替えて寝なさい! お姉ちゃんが水買ってくるから!」と問答無用。

 せりなちゃんも「ちゃんと寝ててね!」と、釘を刺してくる。


 二人が扉を閉めてバタバタ動き出す音。

 頭が急にカーッとなって、とにかく「言われた通りにしなきゃ」と思った。

 多分もう、この時点で結構やばかったのだろう。




「幸介」

「コウくん!」

「…………」


 気がつくとベッドの上で冷えピタ貼られて眠っていた。

 うあ、やば……目が覚めたら頭痛とか節々の痛みとか色々ドッときた。

 つらい。めっちゃきつい。


「起きられそう? お水とか買ってきたから、せりなちゃんが作ってきたスープだけでも飲んで、それから薬も飲んでおきなさい」

「う、うん……」

「あ、あのね、クラムチャウダー作ってきたの。これ……食べられる?」

「た、食べる」


 寒い。

 猛烈に寒い。

 でも、せりなちゃんが作ってきてくれたものを食べないという選択肢はないだろう。

 上半身だけ起き上がって、丸いタッパーとスプーンを受け取った。

 自分でも驚くくらい、指先に力が入らない。

 それでもなんとか手のひらで支え、すくって口に運ぶ。

 淡いホワイトソースの風味。

 魚介と野菜、ウインナーが入った具沢山のそれを、掻き込むように胃に入れていく。

 本当はゆっくり味わいたいのに、なぜか味覚がいつもよりもはたらかない。

 美味しいとは思う。

 でも、喉が痛む。

 ウインナーから出るはずの肉汁が喉の痛みをジクジク悪化させていくような感じ。

 くそう、せっかくせりなちゃんが作ってくれたのに……。

 絶対美味しいと思うんだ、いつもなら。

 だってこんなに具が入ってて、味覚がおかしくなっていてもちゃんと素材やスープの風味が分かるんだ。

 ああ、悔しいなぁ。


「げほ、げほっ!」

「やだ、咳まで出てきてるじゃない。……困ったなぁ。でも、お姉ちゃん明日も休んで病院連れてくから、とにかく今日は風邪薬飲んで寝てね」

「……だ、大丈夫だよ……心配しすぎだって」

「コウくん、加湿器とかないの? 風邪の時は部屋の乾燥もよくないんだよ」

「な、ないかな……」


 そこまでお金が回ってない。

 そう言いかけてやめた。

 そんな事、姉の前で言えるはずもない。


「じゃあ今夜はわたしの加湿器使って! 今持ってくる!」

「は!?」

「え、せりなちゃん!? 借りていいの?」

「もちろんです! 明日の朝ご飯もおかゆ作ってくるから!」

「え! え!?」


 そう言ってせりなちゃんは一度部屋に戻る。

 取り残された俺と姉。


「はぁー、甲斐甲斐しい〜」

「な、なに他人事みたいに言ってるんだよ……っ」

「いやいや、加湿器まで貸してくれるお隣さんなんていないでしょ。しかもわざわざ明日のご飯まで作ってくれるなんて……。前世でどんな善行積んだらあんな可愛くて料理も上手ないい子と知り合えるのよ?」

「そ、それは……」


 それは俺もちょっと思う。


「とりあえず今日はもう寝なさい。ただの風邪ならいいけど……。あんたインフルの予防注射とか……」

「してない……」

「だーよねー」


 上半身を後ろへと倒す。

 姉は冷えピタの温度を確認しつつ、枕の側にビニール袋を一つ置く。

 ボックスティッシュとそのゴミ袋。

 そして、予備の冷えピタ。


「とりあえず今日はゆっくり休みなね」

「……う、うん」


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