第47話 コウくんへ【4】


「そ、そうかな? あ、あのえーと、姉さんの職場の手伝いに行ってて……」

「お姉さんの職場? あの美容院……?」

「そう。姉さん、手火傷しちゃって……すごい、ドジだから……。片手が使えないから、雑用も出来ないし人手が足りないしで俺が手伝いに行ってるんだ。そしたら、なんか色々……カットモデルとかって……こんな感じにされた……」

「わぁ……すごいねぇ。さすがプロだねぇ……!」


 名前覚えてないけど、男の美容師さんがいた気がするからそのどちらかかな。

 ん? 火傷? 幸枝さんが? え、ええ!?


「あれ? でも火傷? お姉さん、手、大丈夫なの?」

「あ、ああ、うん、軽傷。ちゃんと病院も行ってるし」

「そっか……。でも火傷は痛いよね……跡、残らないといいね」

「大丈夫じゃないかな? ちょっと大袈裟に騒ぎすぎな気もするよ?」

「でも、お姉さんは女の人だし……」

「大丈夫。姉さんの心配してくれて、ありがとう、せりなちゃん」

「…………」


 笑顔……。

 ……胸が、張り裂けそうなほど……目を逸せない。


「? せりなちゃん……?」

「あ! う、ううん! な、なんでもないよ! なんでもない! ……な、なんか雰囲気が変わったコウくん……その、あの……とても、かっこよくなったなぁって……」

「え……」

「お、思っ……い、ま、した……」


 カーーーって……顔、あっっつい!

 ああああっ、言ってしまった、言ってしまった!

 でもでも、本当にそう思うんだもん……!


「……ぇ……あ……あ、ありが、とう……?」


 微妙な反応!?

 ごめんなさいごめんなさい!

 迷惑だったかな!?

 わ、話題を変えよう!

 なにか、なにか……。


「はっ! そ、そうだ……こ、これ、食べてもらおうと思ったの……あの、ま、また作りすぎちゃったから……」

「え」

「ビーフシチュー……」

「あ……」


 一度部屋に戻ってから、分けた鍋を持ってくる。

 圧力鍋はさすがに邪魔だと思うから、普通の鍋に分けた方。


「た、たくさんたくさん煮込んだから……多分、まずくないと思うの。自分でも味見してみたんだけど、美味しいと思ったし」

「……鍋ごと?」

「つっ……作りすぎて……」


 おかしいよね、最初は普通の量だったんだよ。


「あの量のお肉を入れるとなると、野菜もたくさん入れないとと思って……! そしたら、いつの間にか……!」

「そ、そうなんだ……」


 お肉を入れて、切った野菜を入れて……野菜は煮込めば縮むと思ったんだよね。

 でも、ビーフシチューといえばゴロゴロ肉と野菜っていうイメージで、大きめに切った。

 それを入れたら……嵩がどんどん増えて……。

 肉と野菜の質量を、見誤った……!


「……あのさ……」

「?」

「そ、卒業式が終わったら、またしばらく休みになるから……その、三月の十日以降、都合のいい日があったら……アーケードに、あのケーキ屋さん、食べに、行く?」

「!」


 …………。え?

 今……コウくんはなんて……?

 お出かけ?

 ケーキ屋さんに? コウくんと?

 ケーキ屋さんに……!? あの時の!? コウくんと!?


「い、行く! 行きたい! 食べたいケーキ!」


 絶対行きたい!

 絶対! 絶対!

 待って待って待って! これってチャンスじゃない!?

 コウくんに告白する、またとないチャンス!

 ええ! どうしよう!?

 まさかコウくんから誘ってくれるなんて!

 これってもしかして、もしかして、もしかする!?

 嘘! 嘘!? 本当に!?

 やだやだ、どうしよう! まだ心の準備がっ!


「あ、あの、じゃあ……」

「さ、三月十四日! ……っで……ど、どうでしょうか……」

「! あ、う、うん! そ、そうしよう! 俺、奢るよ!」

「え! ……、……う、うん……」

「…………」


 きゃぁぁぁあ……!

 なんか男らしい、キリッとした表情〜〜!

 コウくん、こんな表情も出来たんだ!?

 かっこいい、かっこいい!

 ……三月十四日!

 ホワイトデー……だけど、わたし、バレンタインチョコは後日になっちゃったからなぁ……ちゃんと告白も、出来なかったし……。

 よし、ホワイトデーだけど……ホワイトデーだけど、今度こそ伝えるぞ!


「……じゃ、じゃあ、あの、それじゃあ、あの、お、おや、おやすみ……」

「は、はい。お、おや、おやす、み、なさいっ!」


 バタン。

 ずるずる。


「は、はぁぁぁぁぁ……」


 しゃがみ込んで膝に顔を埋める。

 なんという事でしょう。なんという事でしょう。

 コウくんから誘われてしまった。

 コウくんから。

 コウくんから!


「やだもうどうしようなに着てこうぅ……! えぇ〜、どうしようどうしよう〜っ! どうしよう〜! うええぇん、どうしたらいいのもううおおぉ!」


 浮かれる。

 ものすごく浮かれて、緊張して、いてもたってもいられない!


「十四日……来月の十四日……! どうしよう、どうしようっ」


 楽しみすぎる。

 コウくんとケーキ屋さん……こ、これって、もしかして、もしかして……二人きり?

 二人きりでお出かけって事?

 幸枝さんもついてきたりするのかな?

 でも、十四日って多分勤務日だと思うし、その頃には火傷も治って……火傷……幸枝さんの……。


「…………幸枝さん、火傷してたらご飯とか大変じゃないかな? 指って言ってたもんね。ビーフシチューお裾分けに行こう。たくさんあるし」


 どの程度の火傷なんだろう。

 火傷って痛いよね。

 油跳ねたのが当たるだけでもものすごく痛いもんね。

 明日もなにか持っていってあげよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る