第38話 卒業式【2】


 まぁな、宗教自体を否定するつもりはないよ。

 歴史のある宗教にはちゃんと救いがあるのだと思うし。

 でも、人を不幸にする宗教はダメだ。


「……そうだったんだ……」


 母さんと姉さんはそういうものから俺を守ろうとしてくれていたのか。

 そうか。

 …………そうだったのか……。


「幸介……大丈夫?」

「うん。なんか、ストンと落ちてきた感じ。ありがとう、話してくれて」


 

 父さんが悪かったとか、そういう意味でもなく……誰が悪かったとかでもないんだと知れて……本当に良かった。


「……ああ、本当に大人になったのね……」

「ん?」

「……ううん。子どもの成長は早いなと思っただけよ」


 母がコーヒーを口にする。

 そのタイミングで俺のもとにもカフェオレが届いた。

 俺はまだ、恥ずかしながらコーヒーは飲めない。

 母のカップの近くには、使っていないシロップとクリームが置いてある。

 つまり、ブラックで飲んでるんだ。


「いや、まだ全然……俺は子どもだよ」


 ズズッと報告カフェオレを啜る。

 ほんのり苦くてほんのり甘い。

 俺は、本当にまだまだお子様なんだなと思い知った。

 早く大人になりたい。

 自分で働いて、母さんにも達二さんにも頼らないよう自活出来るようになりたい。

 アルバイトが出来る十六歳までまだ二ヶ月もある。

 そもそも、アルバイトしたって学費全額払えるわけじゃない。

 そうか、姉さんはそれで美容師免許取ったのか。

 美容師免許って確か国家資格だもんな。

 手に職をつければ、安定して自活していける。


「……俺も美容師免許取ろうかな……」

「あら、幸介も美容師になりたいの?」

「なりたいかどうかはよく、分からないんだけど……」


 しゃきん、というハサミの音が耳に残っている。

 浮島さんの指先が、髪を挟んで梳く。

 しゃきん。

 ……しゃきん。


「……まだ、よく分かんない」


 素直な気持ちだ。

 でも、多分……かっこいいと思った。

 仕事をしている人の姿。

 責任を持ち、仕事に打ち込む姿が、かっこいいって。

 あんな風に、俺も──……。


「…………」

「幸介?」


 俺もなりたい。

 それって、『やりたい』って事なんじゃ……?


「……俺、やっぱり美容師に……なりたい」

「あら、やっぱりお姉ちゃんと同じ仕事に就きたいの?」

「いや、姉さんは関係ないかな」


 マジで。

 まあな、職場に連れて行ってくれた件は姉には感謝して……感謝……かん……感謝すべき事か?

 姉さんのドジでただ働きしてるんだしなぁ?

 浮島さんと萩野さんと知り合えたのは、感謝するべきところ……?


「ええ? じゃあなんで美容師?」

「姉さんの職場の人が……かっこ良かったんだよ」


 姉さんはアイロンで火傷するというドジなので、仕事に関してはあんまり尊敬すべきところは……ない、かなぁ……多分……今のところ……。

 でも浮島さんの仕事してる姿は本当にずっと見てられる。

 さすが店長だよな。

 人も足りないって言ってたし、アルバイトとかさせてもらえないだろうか?

 姉さんに聞いてみよう。


「へぇ〜、なんていう人?」

「店長さんだよ。髪を切ってるところが仕事してるって感じで、すごくかっこ良かった。俺もあんな風になりたいなって、思ったんだ。それに、美容師免許って国家資格だし」

「そうね。でも国家資格なら他にもあるし、もう少しゆっくり考えて決めてもいいんじゃない? 幸枝を見てるとなんか心配で」

「それは多分姉さんが姉さんだからだと思う」

「お待たせぇ! ごめーん、遅れてぇ! あ、ケーキセット一つ! なになになんの話してたのぉ?」


 姉が合流してきた。

 それからは一人怒涛のお喋り。

 こういうとこだよなぁ。




「ふぅー、帰ってきたねぇ」


 その三時間後。

 俺と姉はこの町に帰ってきた。

 灯のついたアパートが見えてくる。

 姉ではないが、俺も同じ気持ち、安堵感を覚えていた。


「うん……」


 帰ってきた。……家に。


「ごるにゃ〜」

「お、ボス! 夜間見回りお疲れ様です!」

「ぶぉるにやぁ〜ん」

「……」


 相変わらず独特な泣き声だな、ボス。

 そして酔っ払いみたいな絡み方するな、姉。


「あ」

「「あ」」


 アパートの敷地に入ろうとした時、道にリムジンが停車した。

 そこから降りてきたのは見た事のない制服姿のせりなちゃん。

 中学の制服?

 せりなちゃんも中学の卒業式?

 え、制服姿かわいい……。


「コウくん、幸枝さん! こんばんは! お二人も卒業式ですか?」

「こんばんは〜、そうよ〜」


 姉さんは仕事で卒業式後に合流してきたじゃん……。


「せりなちゃんも卒業式? つけ毛のまま行ったのね?」

「はい! 中学の時は長かったから……」

「あ、そうだったのね」


 と、せりなちゃんがあのロングのつけ毛を持ち上げた。

 あ、あのつけ毛卒業式用だったのか。


「あ、そうだ。お二人とも夕飯は済んでますか? まだだったら……これからホットケーキを作ろうと思うんですが、ご一緒にいかがですか!」

「「ホットケーキ?」」


 なぜにホットケーキ?


「えー、でもまだご飯食べてないから……ねぇ? 幸介?」

「うっ」


 チラチラこっち見んな……!


「あ、じゃあ! すぐ作りますね!」


 ……コートに隠れているけど、せりなちゃんの中学の制服……見れるかも。

 ってなんだその下心! 俺!

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