第41話 ホワイトデー【1】
三月十四日。
卒業式から四日後の朝。
萩野さんに見立ててもらった服を着て、肩かけのポシェットにスマホや財布を放り込み新調したスニーカーを履く。
うん、寝癖もない。大丈夫。
「よし」
それでも胸がドキドキして仕方ないのは、今日、これからホワイトデーのお返しに行くから。
せりなちゃんと、出かけるからだ。
「「あ」」
扉を開けた音が重なる。
外は晴天。
風がやや強め。
廊下に出ると、お隣さんも廊下に出てきた。
厚手の白いコートに、水色チェック柄のスカート。
たぶん、タイツ。
ゆるやかな三つ編みに犬のヘアピン。
ショルダーバックも犬。
「お、おはよう!」
「お、おはよう……」
か、かわいい……。
……いやいや、せりなちゃんすごくない?
なに着ても、どんな格好でもかわいくない?
すごいな、せりなちゃん。なんでもかわいいな。
もう素がいいからだな。
圧倒的なかわいいの権化。
俺、隣歩いて大丈夫なのか?
見劣りするというか、俺がせりなちゃんに釣り合わないのは今に始まった事ではないけれど……それでもなんでいうか、もう、俺、いない方がよくない?
じゃ、なくて。
「コ、コウくん……なんか、今日はいつもより……か、かっこいいね……」
「ふぐっ……!」
息の仕方。息の仕方、ど、どうやるんだっけ?
息、息、呼吸、どう、っんぐぐぐ……!
「ぷぁっ」
「え?」
「な、なんでもな、ななないよ……え、えっと、い、い、行く?」
「う、うん!」
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……心臓バクバクしすぎて胸痛い。
アパートの階段を降りて、バス停までの道もずっと痛い。
「……」
しかし、バス停でとんでもない事に気がつく。
無意識だったけれど、俺は何度かせりなちゃんの手を見つめてしまっていたのだ。
え、なに? 俺、どうしたの?
どうしたいの? まさか繋ぎたいの?
無理だろ、相手の同意もなしに。
い、いや、それ以前にそういう事って、こ、こ、こ、こ、こ恋人同士がやる事じゃないのか?
無理じゃん? 俺とせりなちゃんは、そういう関係ではないし?
「さ、寒いね」
「そ、そうだね……」
せりなちゃんの細い指先がコートの袖の下から覗く。
寒いというのなら手袋してくれば良かったのに……と思うけど、風が強いだけで気温は暖かい。
コートも厚手だから、いらないと思ったのかも?
かく言う俺も手袋は持ってきていないから……。
「雑貨屋さん、寄る?」
「え?」
「いや、手袋、買うなら……」
「え、えーと……」
指先、白くなっててつらそう。
そう声をかけた時、バスが到着した。
アーケードまではほんの二駅。
目的のケーキ屋に行くまで、雑貨屋があった気がするから……そこで手袋を、と思っていた。
「?」
ブブブ、とポシェットの中が鳴る。
メール?
スマホを取り出してみるとSNSの通知。
せりなちゃんから……え? せりなちゃんから?
なんで、真後ろの席に座ってるせりなちゃんからメッセージ?
不思議に思いつつ、後ろを振り返るとスマホで顔口元を隠して思い切り目を逸らされてしまう。
なんだろう? どうしたんだろう?
寒くて喋れなくなってるのかな?
でも、それでもスマホをいじれるのか。
よく分からないまま、画面をタップして開く。
『ごめんね、今日、緊張してうまく話せない。心配してくれてありがとう』
目を丸くしたと思う。
しかし同時にとてつもなくその気持ちがよく分かる。
そう、そうなんだよ。
今日はとてつもなく緊張しているんだよ。
『俺も』
と短く返事をする。
ちらりと窓を見た。
バスは動き出す。
そして、その窓ガラスに映る後ろの席のせりなちゃん。
顔が赤い。
そんな顔の赤いせりなちゃんも窓を見たところだった。
信じられない、ガラス越しに目が合うなんて。
赤い顔が俺にも感染した。
顔がめちゃくちゃ熱い。
顔を逸らして、スマホを見る。
『なんのケーキ食べる?』
新しいメッセージが来ていた。
メニューも見てないから、なんのケーキがあるかは分からないけど……そうだなぁ。
『ショートケーキかな。もしくはモンブラン』
『わたしはチョコレートケーキがいいな。ガトーショコラとか。プリンも食べたい』
『チョコレート、いいね』
そう返信したら、URLが添付された。
これから行くアーケード内のケーキ屋とは別な店だけど、そこのケーキ屋は十二時から食べ放題も出来るらしい。
『あっちはお土産用にして、こっち、食べに行かない?』
『食べ放題の店なんてあるんだね。いいよ』
正直あのケーキ屋だけで一日時間が潰れると思ってなかった。
食べるだけとか、絶対時間が持たない。
萩野さんには「え、中高生デートならカラオケとかゲーセンとかがおすすめ!」と言われていたのでケーキ屋に行ったあとはゲーセンやカラオケに行くつもりだったけど……食べ放題! ケーキの!
「……」
そんなやりとりをしていたら、二駅なんてあっという間。
アーケード前に着いてしまった。
立ち上がって、バスを降りる。
同じく降りてきたせりなちゃんと目が合う。
ふにゃり、と二人で笑ってしまった。
「行こうか」
「うん」
まずはケーキ食べ放題!
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