第7話 新生活準備中【2】


 というか、せりなちゃん……私服が改めてかわいすぎないだろうか?

 ライトベージュのコートと、茶色いワンピース型のセーター、黒いタイツと茶色のロングブーツ。

 ここまでは普通かもしれないけど、肩掛けカバンが猫の顔……!

 髪の毛は左右にゆるいふわっとした三つ編み。

 そして、ヘアピンがやっぱり猫!


「せりなちゃんって猫好きなんだ?」

「どうして分かったの!?」


 おっと、まさかの無自覚。


「いや、めちゃくちゃ猫の形のもの身につけてるから」

「うん、猫も大好き! 実家はキャバリア飼っていたんだけど、いつか猫も飼ってみたい!」

「ああ、あのやたら名前が長いやつ」

「そうそう、キャバリア・キングチャールズ・スパニエル! ……もう亡くなったんだけどね……」

「そ、そっか……」


 俺が小学生の頃だもんな。

 せりなちゃんが赤ちゃんの頃から一緒にいるわんこだと聞いていた。

 とても賢く、まるで騎士のようにせりなちゃんを守っていた……名前は、えーと……キング、だったかな?

 バスを待つ間になんとなくしんみりとしてしまった。


「キングが亡くなって、もう犬は……キング以外の犬は……いいかなって」

「そうなんだ……でも、キングはカッコ良かったよね」

「うん」


 毛並みもふわふわで、少し間抜け面だった。


「…………」


 そういえば、せりなちゃんは俺に……俺が引っ越した理由を聞かないんだろうか。

 いや、聞かれても「親の都合で」としか答えられないんだけど。


「コウくんが転校したあとね」

「え、あ、うん」

「最初はクラスが少しだけ静かになった気がしたの。でも一ヶ月後にはみんな元に戻ってた。コウくんがいなかったみたいになって、わたしは寂しかったんだけど……」

「……そっか。でも、それが普通だと思うよ」


 むしろ、その方がみんなにとっては良かったと思う。

 あの頃の俺は家が貧乏だったので、携帯も持たせてもらえなかった。

 誰とも連絡先の交換も出来ず別れたから、こうしてせりなちゃんに再会出来たのは本当に奇跡みたいだな。


「なんでそんな事言うの」

「え」

「わたしは、寂しかったって、言ったのに」

「え、あ……ご、ごめん?」

「コウくん誰にも……わたしにも連絡先教えてくれなかったから!」

「ご、ごめん! あの頃携帯とか持ってなくて!」

「知ってるよ! そう言ってみんなに連絡先交換しなかったの覚えてるもん!」

「……あ、う、うー……」


 あれ、覚えてるのならなぜ……。


「!」


 せりなちゃん、手にはいつの間にかスマホが握られている。

 水玉模様の手帳型のカバー。

 鼻を赤くしたせりなちゃんが、膨れっ面でスマホを差し出してきた。


「だから、今度は……ちゃんと……連絡先交換……しよ?」

「…………」


 ずるく、ないだろうか?

 ほんの少し首を傾けての上目遣いという、かわいいがかわいいを上乗せしてくるいっそあざとさすら感じるけれど抗う術もないそのかわいさは。

 自分でなにを言っているのか分からなくなってきたけどとりあえず抗い難いかわいさという事。

 待ってくれ、俺にとってせりなちゃんは初めて憧れた女の子なんだ。

 そんな、憧れの女の子のこの仕草とお願いに……NOを突きつけられる男ってこの世にいる?

 むしろ俺から土下座してお願いしなければいけない事なのでは?

 やばい、やばい、顔熱い、せりなちゃんがかわいい。


「あ…………う、うん……」

「や、やった……! あ、あの、LINKやってる? ツブヤキッターでもいいんだけど!」

「りょ、両方やってる」

「じゃ、じゃあ両方……」

「は、はい」


 ぽちぽちと操作しているとバスが停車する。

 続きはバスの中で。

 縦の列に俺が前の席、せりなちゃんが後ろの席で座る。

 ぴこ、と音がしてID交換が終わると……スマホ画面には『冬紋せりな』と表示される。

 うわあ、うわあ、うわあ……やべー、どうしよう……俺のLINKとツブヤキッターにせりなちゃんの名前が……っ!

 これからはせりなちゃんに呟きを覗かれてしまう!

 いや、まだ天気の事ぐらいしか呟いてないけど!

 ツブヤキッターは、姉さんの美容室の店のフォロワーを増やしたいって言われてアカウント作っただけだから!

 ほぼ、姉の店のツイートのリツイートのみ!


「「………………」」


 無言。

 お互いスマホを凝視して、なかなか次の言葉が発せられない。


「……せりなちゃんも全然呟いてないね」

「あ、う、うん……登録してみたんだけど、使い方よく分からなくて……」

「俺も。姉さんの美容室のフォロワー増やす要員で登録したから」

「コウくんのお姉さん美容師なの? あ、コウくんがリツイートしてるこのお店?」

「そうそう。駅地下なんだけど、ビルの中にあるから客が少ないみたいで」

「へえ〜、じゃあわたし、ここの美容室使おうかな……!」

「本当? じゃあせりなちゃんが行く時は姉さんに予約取ってもらえばいいよ」

「うん……そ、そうだね! ……そうだよね……コウくんのお姉さんがいるなら……きっと迷わない……」

「…………」


 俺が思っているよりもせりなちゃんの方向音痴はすごいのだろうか?

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