第10話 新生活準備中【5】


「こちらが一式となります」

「「ありがとうございました」」


 手渡された大きな袋。

 これには夏服、冬服、指定の上履きや室内用、室外用運動靴、運動着等……これから三年間使うものが入っている。

 さすがに大荷物になった。

 ちょっと舐めていたかもしれない。


「それから、ご入学おめでとうございます」

「あ……」

「ありがとうございます……!」


 最後に店員さんに改めて頭を下げて店を出る。

 やっぱり輸送してもらった方が良かったかな?

 でもたかがバスで二駅だし。


「コウくん、ありがとう」

「え?」

「わたし一人じゃ……たどり着けなかった」

「…………」


 残念ながら俺もそんな気がする。


「それに、制服も選んでくれてありがとう! コウくんがわたしに似合うと思って選んでくれたと思うと……とっても嬉しい! 着るのが楽しみ……!」

「そ、そう、かな? あ、いや、うん……あの、いや……せ、せりなちゃんは、あの、水色が……」


 部屋を思い出す。

 水色の水玉模様、水色の枕やクッション。

 さすがに部屋の中を覗いてしまったとバレるのは……恥ずかしいどころではない。

 というか、失礼だろう。

 嫌われてしまうかもしれない。

 軽蔑ものだよな、うん。


「そ、そう! 水色が似合うと思って!」

「……う、嬉しい……。じつは、わたし水色が好きなの……」


 でしょうね!

 そんな気がしてた!


「コウくんは、何色が好き?」

「へ? ……えーと、俺は……緑、かな?」

「緑かぁ……。じゃあ、食べ物は? 食べられない物はないって言ってたけど、好きな食べ物……えーと、甘いのとか、辛いのとか……」

「あ、それなら……甘い物は好きだよ。せりなちゃんがさっき見つけたクレープ、食べて帰ろうか?」

「クレープ!」


 途端にぱあ、と花開くように明るく笑うせりなちゃんのかわいさは、俺からすべての語彙力を奪い去った。

 瞳をキラキラさせてクレープを選び、お花を周囲に撒き散らしながら注文し、そこにプラスキラキラした輝きをプラスして巻かれていくクレープを待つ姿はあらゆる語彙力をゼロにする。


「すご〜い、わたし一度でいいからお外でクレープを立ったまま食べるのが夢だったの! コウくんと一緒にいる時に叶うなんて……わたし、わたし、今日で一生分の運を使い果たしていない!?」

「大丈夫だと思うよ!」


 それを言われたら俺の方こそ!

 隣にせりなちゃんが引っ越してくるし、その日の夜と今朝、せりなちゃんの手料理をお裾分けされるし、今もこうしてせりなちゃんとクレープを食べている。

 これ以上の幸運って、あるか? いや、ない。

 正直、まだ夢でも見ている気分だ。

 小学校の頃の、憧れの女の子が目の前にいる。

 二度と会えないと思っていた彼女が──。


「じゃ、じゃあ……」

「?」

「じゃあ、あの、ま、また……連れて来てくれる……? わ、わたし、方向音痴だから……」

「……っ」


 なんで幸せな夢だろう。

 ずっと覚めなくていいとさえ思える。

 クレープを食べるフリをしながら、こっそり、頬をつねってみた。

 信じられない、痛いぞ?


「……あ、じゃあ、次来る時は……ケーキ屋さんとか、飴細工屋さんに来ようよ。タピオカも飲んでみたいよね」

「! う、うん!」


 そう言いながらも、顔がにやけそうになるのを必死に耐える。

 こんな事があるのか。あってもいいのか。

 まずい、変な風に顔が……顔が緩んでしまう。


「…………。そうだ、バイト探さなきゃ……」

「アルバイト?」

「う、うん。母さんの再婚相手に頼るのってなんか嫌だから……」

「っ……」


 ……! しまった!


「あ、いや! 別に仲悪いわけじゃないんだよ? 向こうの人はいい人で、俺と姉さんにすごい気を使ってくれる人だから! でも、その、なんかこの歳で新しいオトウサンって違和感っていうか!」


 俺はなにを言ってるんだ。

 変な墓穴を掘っていないか?

 せりなちゃんにこんな話をしても仕方ないのに……。


「そ、そうなんだ。……うちの学校は……アルバイト禁止だから……」

「え?」

「あ、う、ううん……! そ、それじゃあ、わたしコウくんのバイト先が決まったら……絶対遊びに行くね!」

「……うん。じゃあ、せりなちゃんが遊びに来れそうなバイト先にするね」

「う、うんっ」


 せりなちゃんとケーキを食べに行けるように、お金貯めなきゃ。

 どんなアルバイトがいいかな?

 せりなちゃんが遊びに来れるようなバイト……飲食店とかの方がいいか?

 そもそも、高校生からアルバイト出来る場所って……意外と少ないかも?

 たまにアーケードの店先に貼り出されている『アルバイト募集!』の応募条件も十八歳以上、となっている。

 やばい、これ十六歳から働けるバイト探すの意外と大変なんじゃ……?


「っ、そ、そういえばせりなちゃん、他に行きたいところは……」

「スーパー!」

「あ、そうだったね。じゃあ行こうか」

「うん!」


 スーパーは二駅戻る。

 俺とせりなちゃんが住んでいるアパートのあるバス停で降り、そこから少し歩けばいいのだ。

 そこで、俺は運命的な出会いを果たす。

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