6−5「審議の結果」
…あの閉鎖となった科学館の事件から今日で1週間が経つ。
僕は主任と現場検証もろもろの終わった科学館の清掃を終え(と言っても、大方生えていた樹木や草などは撤去班がサンプルとして回収してしまったので単純に室内に残った泥をきれいにする程度の作業だった)会社へと帰って来ていた。
思ったより作業もはかどり、定時よりも1時間ほど早く会社へと戻れたのだが、報告をしに行く主任に連れられて歩いていると、総務課に向かう途中の廊下で分厚い封筒の書類を抱え禿頭の男性と一緒に出てくる1人の女性とすれ違った。
「あ、小菅くん。久しぶり。」
僕はその姿を見て目を丸くする。
髪を後ろでひとくくりにし、首に社員証をぶら下げた女性。
…それはスーツ姿の里中さんで間違いなかった。
「あ、小菅くんに伝えるの忘れてたわ。里中さん、3日前にうちの会社で面接を受けて今日から科学研究部門の検査課の解析班に配属になったんだって。」
僕はどんな顔をして良いか分からず内心しどろもどろになるも、さすがというか里中さんはこんな時でも乱れずにコホンと咳払いをしてから挨拶する。
「解析班に所属になりました里中愛菜です、改めてよろしく。それと…この間の件ではごめんなさい。救護班に治療を受けた後に上の判断で結果としてお咎め無しになって、それどころか被害者として多額の補償金ももらって借金も一括返済ができたのよ。」
そして、どこか迷いながらも決意を込めて里中さんは僕を見る。
「治療の後、他の子達は記憶処理が行われて日常に返されたけど私はこの会社の人達に迷惑をかけてしまったこともあるし、今後もこの会社の情報開示のあり方について考えてみたいこともあって、ここで働いてみることにしたの。」
主任がそこに口を出す。
「そうそう、出世して専務クラスにでもなれば意見はいくらでも出せるもの。
がんばれよー里中さん、目指すは上級研究員だ。」
はっはっはと主任と禿頭の人が笑った後、里中さんは僕に手を出す。
「頑張りましょうね。小菅くん。」
「う、うん。」
そして握手をした後、僕らは二手に別れた。
「…あー、大丈夫よ。別に彼女は記憶処理とかされていないから。」
それから10分後、休憩室でダベりながら主任が言った。
「あれは出世するわよー、大概のことなら努力で成功させちゃうクチね。あの『褐色の顔』に唯一意志の力で打ち勝っていたようだし…ま、彼女らの持っていたマスクと楽器の一式はこちらの倉庫に保管されるから当面のところ問題はないでしょう。外部に流出するかしないかは別として。」
その言葉に僕はピクリと反応する…そういえば、何かがおかしい。
確か主任は以前もその言葉を口にしていた。
だが、あれは里中が先代のリーダーから受け継いだ団体名なのではないのか?
それに里中は被害者として補償を受けていた。
あの植物の被害者であるのなら撤去班の人間を襲った時点で自身に過失があったはずで被害者には当てはまらないはずだ…つまり。
すると主任が「あ、気づいた?」と聞く。
「実はねえ、あの子達が被っていた動物のマスクや楽器は死刑になった『褐色の顔』のリーダーとその仲間の持ち物と同一の物だったの…それは、本来なら警察署に保管されているはずのものだったんだけれど、それはちょっとおかしいってなってね。回復後に里中ちゃんや他の子の証言を聞いたら活動を始めようとした日に自宅の玄関前に黒いトランクに入ってそれらが置かれていたんだって。『必要な人の元に』という赤黒い文字で書かれた手紙つきでね。」
コーヒー缶を傾けながら主任はニヤリと笑う。
「当時の警察の話では先代のリーダーとその仲間が捕まった時には全員責任能力はありながらも殺人衝動が抑えきれなくなっていたらしくてね、前の人物像は調べてみてもごく普通の大人しい人間だったのに、ただのオカルト研究会がどうしておかしな思想を持つようになってしまったのか理由も動機もわからないからと、警察関係者は仕切りに首をひねっていたそうよ。」
ついでコーヒーを飲むと「それと面白いことにね」と主任は続ける。
「あのマスクと『褐色の顔』と言う団体は歴史上で何度も出てくるのよ。最初はヨーロッパのとある黒魔術に傾倒した楽団が始めだしたとも言われているのだけど何かしらの革命や戦争が起きるときに必ず出現する団体なのよね。決まって、動物のマスクと楽器を持ち出して狂信的な儀式や大量殺戮をした挙句に全員処刑されてしまうのだけれど、数年から数十年おきに同じ姿をした団体が出現する…ま、曰く付きの代物なのは間違いないわね。」
クイッと最後の缶コーヒーをあおった主任はニヤリと笑う。
「ところで小菅くん。どうしてマスクの楽団は『褐色の顔』と名乗ると思う?」
唐突な質問。正直、そんな答えに見当もつかない。
…だから僕は適当に言うことにした。
「楽団の被っているマスクがもともと人の皮でできているとかじゃないですか?最初の楽団が殺人鬼の集まりだったとか…ま、冗談ですけど。」
それに主任はしばらく黙り込み、「ふふん…冗談ね」と笑うと缶を捨てる。
「この話はやめにしましょう。給料日だし気分がいいからおごってあげる。」
僕はそれにおやっと思う。
(…珍しいこともあるものだ。)
でも、里中さんの件も丸く収まったのだからそれで良いのかもしれない。
それにあまり深く考えても仕方のないことだ。
…そして、僕は主任お勧めの焼肉屋さんに行くために休憩室を後にした。
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