6−3「緑の影」
主任は建物の中に入ると、頬につけた絆創膏を「いてて」と触る。
「あんたが今の『褐色の顔』のリーダーみたいだけど、ちゃんと仲間の管理ぐらいしておきなさいよ。大分理性を無くして人に刃物投げつけてきたわよ。前の主犯格はすでに絞首刑になっているし、今、応援がこっちに向かってきてるから撤去班から回収したカプセルをさっさと返してちょうだい。」
その言葉に中里さんは「え、前のリーダーが?」と言葉を詰まらせてから、慌てたように声を続ける。
「あ、あなたに何がわかるのよ。それに、私たちの団体はもともと大学の有志を集めた研究会でしかなくて、そんな大きな影響力は…」
「強盗殺人が7件に強姦殺人が4件。あんたのところのリーダーが結成の2年後に提唱した『心霊現象はより凄惨な現場として保存・公表されるべきだ』の精神で現場を悪化させた犯罪はゆうに10件を超えているわ。うちの撤去班もそっちの行った妨害行為や儀式のせいで倍近くも死者や行方不明者が出たし、同調する人間や現場に行きたがる人間を危惧して世間様には公表されなかったけれど…それでも、外部に出したいと考えるわけ?」
「わ、私たちは、そうやって秘匿にされること自体に不満を…」
その時、主任が「ふーん」と言った。
「…大変だったわね。せっかく博士号とったのにポスドクで海外行って戻ってみたら自分の所属していた大学の研究室がなくなっちゃってて。行き場をなくして就職氷河期で自分に合わないバイトして、世間に馴染めなくて1年も経たずに辞めちゃって、貯金を崩しながらここ数年ほど医者からもらった薬を飲んで家に閉じこもってたんでしょ?」
「え?え?」
パニックになる中里さん…だが、主任は言葉を続ける。
「で、ネットで偶然、大学時代のオカルト研究部の後輩とコンタクトが取れて。あなたがOBだからって当時からオカ研で有名になっていた団体の復活と行方不明になった先代のリーダーの捜索を一緒に頼まれて。世話を焼いているうちにリーダーとしての資質を見出されて、今に至ったと…大丈夫?アパート代の維持費のために借金してるでしょう。仲間のカンパなしで、このまま続けられるようには思えないけど…?」
その話を聞いている中里さんの顔は、被り物をしていてもわかるくらい赤くなっていくのがわかる。
「いいのよ、これはボランティア!仲間のために犠牲ぐらいどうとでも…!」
そこにスッと主任は入ってくる。
「自分の生活に困窮している状況でボランティアなんてするものじゃあないの。そんなの余裕のある金持ちがやるような仕事なんだからさ…それに、もう周りの人間もコントロールができない状態なんでしょう、諦めなさいな。」
その時、外でドンッという音とバリンという派手な音がした。
「あ、近くでカプセルが割られちゃったか。」
「しまった、しまった」と、なぜか僕を縛られた椅子ごと窓際へと寄せる主任。
「そんな、人に手を出すなとは言っていたのに…無血でみんなで勝利をつかもうって言ってたのに。」
呆然と佇む里中さんの背後でざわざわと音がする。
「小菅くん、ここから一切動いちゃダメよ。私も動かないから。」
それにしても妙な状況だ。
この建物内に他に人がいるのならもっと騒がしくなっているはず。
なのに、里中さんが話している時点でほとんど人の気配すらしなくなっており…
「ねえ、ちょっと、誰か。誰かいないの…何が起き…!」
開けたロッカールームのドアの先で固まる里中さん。
…そこには、彼女の身長よりもはるかに背の高い人型の植物の姿があった。
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