クリーン・アップ

レポート・２「某地下鉄駅構内、破片撤去」

２−１「壁から生えてきたもの」

地下鉄の駅構内は暑い。暖房が効いていることもそうなのだが、空気の循環が良くないのか冬用のダウンコートを着用し電車に乗り込めば、たちまち滝の汗が流れるほどに構内の温度は上がっている。

なので、今日は作業用に支給された半袖と短パンを穿き、頭部にはバンダナのようにタオルを巻きつけ防護服を着用することになった。基本的に夏場の格好のようにも見えるが、この温度なら仕方ないようにも思える。

それは主任も同じようで「暑いわねー」と言いながら、作業半ばに設置された簡易テントの中でノースリーブのシャツに短めのキュロット姿でタオルを首元に巻きつけながら配給されたスポーツドリンクを一気飲みする。

「残り５分の１くらいかしら？朝から始めたけど、掃除機持って通路沿いにまっすぐ進むだけだから割と楽な作業よね…掃除機のメーター残量は何割くらい？」

僕は、社内用のスマートフォンアプリで大型掃除機の残量を確認し、「残り５割です」と答えた。簡易テントの外に出るためには一旦、防護服を着てから送風機のあいだを通り、その先にある掃除機を見なければならないので、帰りも逆の手順のために戻ることも大変なので、あらかじめ登録していたアプリで掃除機の更新データを見れば楽だと僕は主任から教えてもらっていた。

…そう、出社初日からひと月。

結局この仕事に残った新人は僕１人になっていた。

主任曰く、この仕事は１人か２人が残れば十分だと思っていたらしい。

「機械による自動化も進んでいるし、あまり大人数で作業を行うと、何かしらの問題が起きた時に集団伝染が起こりやすいの。だから最小で２人組のペア、他エリアのチームと合同で清掃する時には最大８人くらいが理想系なのよね。」

そして、今のところ僕は特段危険な事もなく仕事を続けている。

「…上々、これなら今日中に終わるかもね。あと最初の時も言っていたけど、壁に貼ってあるQRコードのシールもマメに剥がしていってね。あとで最終チェックを行うけど現場は綺麗にしておかなきゃね。」

僕の報告を聞いた主任は３時のおやつに支給されたお土産売り場の饅頭の最後の一口をスポーツドリンクで流し込み、作業を再開するため立ち上がる。

それから５分後、僕らは地下鉄構内の通路の両端を２台の掃除機で進んでいた。

掃除機の先には細かなブラシが付いていて、地面に落ちた陶器の欠片を掻き込み常時内部にあるタンクに溜めていく。これが８割を越えた場合、掃除機を撤去班に渡して替えの掃除機を使うのだが、この時タンクの中身を不用意に捨ててはいけないと主任は言った。

「中身が８割を超えたら速やかに掃除機ごと撤去班に引渡して。中身は細かく分類された後に検査課にまわされるから。」

僕は足元に散る白い欠片を掃除機で吸い込みながら前へと進む（…ということは、これもただの陶器の欠片ではないのだろうな）検査課が何をする場所かはわからないが相手が教えてこない以上、不用意に聞く必要もない。

欠片は地下鉄のホームに入った時点で大量に床に散らばっており、今現在、上にある商業施設はおろか地下へと向かう入り口まで立ち入り禁止のテープで大規模な封鎖がなされていた（…これで何もないなら、嘘になるな。）

そうして歩いているとコンクリートの壁に貼られた一枚のシールに気づき、僕は足を止めた。シールは小さな２センチ角、複雑な文様のQRコードが書き込まれ、壁に等間隔に並んでいる。

僕は、主任に言われた通りシールを剥がそうと手を伸ばす。

主任曰く、これを回収した後は適当に掃除機にでも貼り付けておけばいいということで掃除機の機体には先代の清掃員がしたのであろう何枚ものシールがすでにベタベタと好き放題に貼られており、シールだらけの掃除機は、さながら子供の被害にあったタンスのような様相になっていた。

ペリッ

ノリの付きが甘いのか簡単にシールは剥がれる。

（この調子なら、１時間ほどで作業が終わるに違いない）

そう僕が思った時だ。

ズルリッ

コンクリートの壁から頭部が出た。

長い黒髪、目鼻立ちがあるものの無機質な白い肌。

瞳のない顔はじっとこちらを見つめている。

液体のようにコンクリートの壁から生えてきたもの。

…それは、まごう事なきマネキンの頭部で間違いなかった。