レポート・7「某ショッピングモール、汚泥掃除」

7−1「出立前のショッピング」

「…え、こんなの店の人に怒られちゃいますよ。」


「大丈夫よ。ほら、もっと詰めていいんだから。」


主任は食料品の棚に行くと手近にあった缶詰やレトルト食品を手に取って、僕の買い物カートの上にも下にもグイグイ押し詰める。


みれば、主任のカートはすでに購入物の山を形成しておりカートの隙間には歯磨き粉や洗剤がぎっしりと詰められていて頂点まで盛られた頂きには最後のあがきとも言わんばかりの菓子箱が近くにある棚すれすれの高さにまで届いていた。


「この手のは限界まで詰めてなんぼなんだから。私なんか、この日には半年分の日持ちする食べ物や日用品をほぼ例外なくここでタダにしてもらっているのよ。この店の支配人以外、誰も見ている人間もいないしね。」


早朝4時のショッピングモール内の大型スーパー。


薄暗い店内の中は「CLOSE」や「閉店中」の札が下がり、一部シャッターなども閉められているがこの店だけは明かりがついて中に入れるようになっていた。


「それじゃ、各種パンにペットボトルの水とお茶をそれぞれ5本ずつ。ドライフルーツとナッツと小魚の小袋を一週間分の食料としてトランクに入れて持って行きましょう。残りは、宅急便で送ってくれる…はずでいいのよね、支配人?」


にっこりと笑う主任に「あー、はい。」と半ば諦めた顔でショッピングモールを管理する支配人は力なく笑ってみせる。


「んじゃ、これ住所だからよろしく。」といって二つのカートをレジ横に押し付けるようにし、主任と僕は会社側の用意した寝袋とテントと医療セットなどが詰まった大きなリュックサックを背負うと、店のさらに下へと向かう。


…早朝に現場に向かうにはもちろんわけがある。この日、僕らはモールの地下にある貯水施設の汚泥清掃をすることになっていた。


地下20階。本来なら存在しないその階層には、いつの時代に作られたかもわからないような華美な装飾が施された両開きの扉が壁に設置されていた。


「…えっと、魚に砂時計にローマ数字のIVと。よし、」


主任は社用のスマートフォンの画面を見つめながら扉の1部としてはめ込まれているヨコ軸に回転する絵柄を数枚組み替えると素早く後ろへと下がる。すると、巨大な扉は左右にギギギと音を立てて開き、湿った泥と苔の匂いと共に奥へと続くコンクリートの通路が出現した。


「では清掃が終わり次第、こちらに設置された内線で支配人室に直接ご連絡いたしますので、頼んだ荷物の配送をお願いしますね。」


にっこりと笑う主任に困った顔をした支配人は「お気をつけて」とだけ言い残し、貨物運搬用の巨大なエレベーターに乗り込み上へと戻っていく。エレベーターがこの階に向かうためには支配人しか開けられないようなパネルやキーの入力操作がいるらしく容易に地上に戻ることは難しいように思われた。


「さ、仕事仕事。」


主任は普段着の上からテキパキと防護服を着用するとエレベーターに乗せてきた二人乗りの小型の清掃車を扉の前まで運転する。そこに持ってきた荷物を全て固定すると、主任は僕に清掃車の簡単な操作の仕方を教えた。


「水は引いているんだけど苔や泥がこびりついているからね。清掃車でこそぎ落としながら進んで最後にもう一回水を流して排水してもらうの。排水担当はエージェントの仕事でね、彼らが事前に指定した道すじを私たちは清掃するのよ。」


聞けば、この施設はショッピングモールを仕切る企業が創立以来ずっと管理してきたもので、空間をつなげているために世界中のどのショッピングモールにも、地下に同一の貯水施設が存在するのだそうだ。


「でも、そのせいで清掃範囲の空間がゆがんでいることがあってね。ルート的には3時間で終わるはずの清掃がうっかりすれば1週間は出られないこともあるの。だから清掃車はナビゲートと運転士の二人が必要でね、店側もその辺がわかっていてくれるから外部委託でうちの会社に頼む代わりに長期滞在に備えた食料品などを提供してくれるの…と、忘れるところだった。」


そう言うと主任は扉の入口になぜか日付入りの目覚まし時計を設置する。


「6月8日の5時ね。じゃあ、帰ってきた時をお楽しみにー。」


のんきなことを言いながら清掃車のエンジンを入れる主任。


そして、テーマパークのアトラクションよろしく清掃車を動かしながら、僕らは薄暗い貯水施設の通路を清掃することとなった…

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