レポート・5「中央医療教会、清掃兼物資購入」

5−1「商店街の中の医療教会」

「クッソー、なんでこんなに早くに当番が回ってくるかなー。」


主任はいかにも嫌そうにハンドルを切りながら、とある県の商店街まで車を走らせる。平日の午前中、商店街は5割がたが閉店しておりサビ色をした元は白色であったであろうシャッターにはスプレーで下品な落書きやポスターのはがされた跡がちらほらと見えていた。


主任の話では、これから僕らが向かうのは中央医療教会という防護服や聖水など特殊な物資を扱っている施設で、そこにたどり着くためにはこの商店街を通って行く必要があるのだと僕は主任から教えられていた。


「そこで清掃と物資の注文を行うんだけど…私が先月海外出張に行っている時にでかいプロジェクトが動いて防護服が大量に必要になったって話は聞いてる?」


ひと月前といえば、主任がいない時の旧校舎の清掃騒動を思い出すが、そこまで詳しいことを僕はジェームズから聞いていないので素直に首を振る。


「うー、わかったジェームズのせいか。マープルは許すにしてもそれで物資当番の時期が繰り上がるのは許せないわ。ただでさえあの場所は規則に規則でうるさいところなのに…あとでとっちめてやらないと。」


ジェームズは今かなり忙しい状態らしく、ちゃんと定時には帰ってくるのだが、あまり僕に仕事の相談を持ちかけなくなり一緒の食事中にスマートフォンを見てブツブツ言っていたりとなかなか大変な様子だ。


「うーん、ま、過ぎたことはしょうがない。あと、この教会に来た時にはいくつか規則があってね。それを守らない…と、目的地に着いたわ。」


そして車が止まると、どこをどう行ったのかはわからないが僕らはいつの間にやらぐるりと木々に囲まれたステンドグラスの窓が印象的な白い建物の中庭に来ており人気のない玄関の横には手彫りと思しき文字で『中央医療教会・日本支部』と看板がかけられていた。


「あ、忘れるところだった。」


そういうと主任は今時古風な蜜蝋で閉じられた封筒を取り出し、ピッと中を開くと近代的なスマートフォン用のUSBを2個取り出して僕に渡した。


「これを社用のスマートフォンにつけるの。時間ごとに医療教会からの指示が送られてくるからそれに従って清掃や注文を行うのよ。郷に入れば郷に従え…っていうほどでもないけど私も指示を出せないことが多くなるから注意してね。」


そして、主任は社用のスマートフォンにUSBを差し込み、僕も同様にする。


するとスマートフォンの画面が切り替わり『ようこそ中央医療教会・日本支部へ』という文字が現れ、ついで地図なのかこの建物のふかん図と僕らの現在地、そこから矢印が伸びて建物の裏へまわるようなアニメーションが画面に流れた。


「ま、万事こんなこんな感じね。従っていれば悪いことはないから。」


そう言って歩き出す主任に従い僕は素直についていく。


教会の周囲には春めいてきたためか庭に花々が咲き乱れ、小さな菊やラベンダーの花を楽しんでいるとキンモクセイの香りも風に乗って流れてきた。


地図の通り建物の裏口に着くと目の前に錆びれたドアがありスマートフォンには『ドアの先はシスターの許可あるまで他言無用で』と文字が浮かぶと、仲間同士や教会のシスターと気軽におしゃべりすることは禁止だというアニメーションが追加で流れた。


(…教会ってそんなに厳しいものなんだ。)


そんなことを思いながらドアを開けると明滅を繰り返す蛍光灯の薄明かりの中、どこまでも続くような窓のない長い通路で一番奥のドアの左側、ただ一人椅子に座り両手を広げていたシスターはこちらを見ると立ち上がり会釈をした。


「ようこそ中央医療教会・日本支部へ。私は案内役のシスター・村雨です。この度は当医療教会をご利用いただき誠にありがとうございます。これから部屋の清掃について説明をさせていただきますので私の近くまでお越しください。」


そう言って、シスターはコツコツと歩き出し、通路の途中にあった両開きのドアを次々と開けていく。


「清掃用具はこの真ん中のドアに。清掃時には汚れよけに教会用の頭巾付きマントを上に羽織っていただき、付属のマスクとゴム手袋と長靴をご利用ください。ヨゴレ取りにはそちらの会社で使っているものより一つ上のバージョンの最新機械式モップを使用していただく形になっておりまして、これは当教会オススメの商品、従来よりも効率良く清掃ができること請け合いで…」


ニコニコとセールストークを連発するシスターに対し、主任は黙ってテキパキと教会提供のマントなどを着用していく。僕も習って着用していくのだが、周囲を見渡し、いささか気分が悪くなる。


(…この人、椅子に座っていたけどずっとこの場所にいたのかな?)


飛び散った血痕、漂ってくる腐臭、よくわからない肉片。


蛍光灯の点滅する薄暗い通路には、まるで何人もの人が死んだかのような血肉があちらこちらにこびりついていた…

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