3−4「補給活動・午前の部」

『…ザー…こちら、エージェント・ジェームズ!10キロ先に事象の地平面が出現、陥没した地形に出現した不特定多数の敵の出現により、グァァ!』


目の前に見える4階建ての雑居ビルは覆いで周囲が囲われているため中の様子を見ることはできないが、どうやら内部ではかなりのごたごたが起きているらしく、ジェームズが繋げてきた無線の向こうでは巨大な生物が這いずるような音や数人以上の悲鳴や爆発音が断続的に聞こえてきた。


「もしもーし、聞こえませーん。速やかに必要物資の要求をしてくださーい。」


そんな切迫した状況に対し、落ち着いた対応をする主任。


『き…気付け薬、もう、もうダメだ。落ち着けるものなら何でも…』


「はーい、缶酎ハイ1本入りました!小菅くん、パネルの飲食物からアルコール飲料をタップして転送よろしく。」


どこかの居酒屋のような受け答えに僕は思わず「マジっすか」と聞く。

「早急に。」主任の目はマジだ。「…あ、ハイ。」僕は即座に送った。


『なんだよ、これ!俺はギネスビールが良かったんだぞ!』

「ワガママ言うなよ!」無線で言い争う二人。


(喧嘩するなよ。)と思いつつ、僕はタッチパネルの画面を見つめながら、ますます自分が何をしているのかわからなくなってくる。


無線を聞いていると他にも救護班や撤去班から物資の要請があり、内容を聞いた主任がバシバシと僕に指示を出してくるのだが、包帯や薬や教会から支給された聖水や銀製のマシンガンの弾(!?)など、訳のわからないものが盛りだくさんで、中で何をしているのかわからない以上、本当に送れているのか、果たして役立っているのかさえもよく分からない。おまけに無線で漏れ聞く限りでは『ジェームズの腕がちぎれた』だの『ジェームズの体がねじ切れた』だの、なぜかジェームズの名前が連呼されているようにも聞こえる。


「…どうも、数分前に攻撃を受けたジェームズが錯乱して自分の本名をしゃべっちゃったらしくてね。彼に対する集中攻撃が始まっちゃったんだって。ま、システム管理部に犠牲者は1人も出なかったようだし午前は彼の尊い犠牲の上に成り立ったと思えば良いわ。」


まるで死んだような言いぐさだが、主任はお昼休憩に支給された焼肉弁当の分厚い肉にを舌鼓を打っているので、なんだか議論するだけ無駄なような気もする。


ジェームズはといえば、午前が終了した時点ですでに救護班のテント入りとなっており、今後一週間は社内の救急施設から出られないだろうという見解を救護班が出していた。


「手足と頭部をバラバラにされても働きたいって嘆いていたからねえ。小菅くん、あんなワーカーホリックになっちゃだめよ。仕事はキメるもんじゃなくて、適度な小遣い稼ぎ程度だと思わないと。」


「あ、ハイ…」なんだかトンデモナイ話を聞いているなあと思いつつ、何気なしに机に置いていたタブレットを見ると、画面が一瞬だけ砂嵐になった。


(…?)だが、僕がパネルを確認するよりも早く、主任は手近にあったシールを手に取るとタブレットの端に貼り付ける。


「思ったよりも早いわね。集中攻撃する相手がいなくなったから周囲に影響が出てきたか…小菅くん、あと3枚ほどをタブレットの後ろに貼り付けておいて。画面がおかしくなってきたら順次追加して貼り付けること。」


渡されたのは以前にも見た、2センチ角の小さなQRコードのシール。


「アンテナ車が近くに停めてあるでしょう。中で今使っているタブレット端末のシステム管理やシールの効果を制御しているんだけど、やっぱり時間が経つと影響が出てきちゃうのよね。ま、ビルの周囲に張られた結界さえ壊れなきゃ大規模な事故は起こりえないけど。」


そこまで言うと、次に休憩を行うために来た別チームの清掃班がやってくるのが見えたので主任はペットボトルのお茶を飲み干して元気いっぱいに立ち上がる。


「さ、午後の部のスタートよ!」

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