クリーン・アップ
化野生姜
レポート・1「某不動産ビル、地下清掃」
1−1「清掃先」
壁や床に広がる大量の血液。
専用の機械モップで床を撫でるようにかき回すと血液は綺麗にこそげていく。
ビルの地下2階の清掃作業。
作業員は合計6名。
全員が完全防備の防護服姿。
「モップは黒くなったら清掃機械の左扉に入れて。ついで右扉から綺麗になったモップを出して、ひたすらそれの繰り返し。全部で24本のモップが10分ほどでクリーニングされるから作業には余裕で間に合うはずよ。」
同じ防護服姿の女性指導員のもと、僕は(…へいへい)と内心思いながら、黒くなったモップの下部を取り外し、ロッカー二台ぶんの大きさの清掃ボックスの左扉へと放り込む。中でウィーンと機械的な音が鳴り響き、洗われて乾燥された綺麗なモップが隣の右扉にずらりと並ぶので、再度それをモップに取り付けて床を拭く単純作業。
モップの柄の長さは調節できるので腰や肩へと負担は少ないようだが、凝固した血液が建物内のあちこちに付着しているので作業範囲は意外に広い。
「なにこの塊、グチャって踏んじゃった。」
しばらく作業していると、ロッカー裏を清掃していた一人の女子が嫌そうな声を上げた。着ているのは防護服なのだから後で洗えば大丈夫なはずだが、彼女は嫌そうにふるふると足を前後に揺らす。
「気持ち悪い、なんかデッカい粘つくタピオカ踏んだ感じ。振っても全然取れないし…なんなのよ。研修初日で行くにしてもやばすぎない?」
(…まあ、確かに。)僕はそう考えて周囲を見渡す。
窓ひとつない長く続く廊下。
扉はいくつか強引に開かれたような跡があり、壁際には赤い血の手形や何かを引きずったような跡がいくつも付いている。先ほど彼女が踏んだと思しき塊のあった場所には数本の髪の毛や黒い塊も落ちていたので、これ以上深く考えないようにしたほうが正解な気がした。
「はいはい、おしゃべりは無し。ノルマは二日以内にフロアの清掃完了だから。上の報告書にも処理済みとあるし、めったなことは起こらないわ。」
(処理済み?めったなこと?)
応募書類には物流関係の会社としか書いてなかったはず。
僕は多数の疑問符を頭に浮かべながらも清掃作業に打ち込んだ。
…この手の仕事は何も聞かないことのほうが正解だ。
何も知らずに作業を完了させ、お互いウィンウィンの関係を保つ必要がある。
相手に聞いたせいで、せっかくありついた仕事を一月もたたない内に辞めさせられるのはゴメンだ…すでに年単位で転職に失敗している。正直、後がない。
人生の崖っぷちにいる僕は、必死にこの場をやり過ごそうと目の前の清掃作業にひたすら集中する。
6人しかいないはずのビル地下の廊下。
しかし、そのうちの扉の一枚が音もなくゆっくりと開いていくことに、この中の誰も気づくものはいなかったし、気づこうとする者もいなかった…
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