9−11「業務の終わりに」
「…現地の撤去班から連絡が来たけど、撮影現場ではすでに記憶処理が行われて、別の代役で撮影が行われているわ。マネージャーは行方不明。翼ちゃんを殺した犯人は留置所に戻されて病死扱いになるみたい…もう直ぐ、ここの次の担当が来るはずだから会社に戻されたカサンドラに代わって引き継ぎをしないとね。」
劇場での一幕から1時間が過ぎた。
主任は無線を切ると僕を連れて建物の外へと…途中でビニールシートに覆われた簡易テントで消毒作業を行い、救護室の横を通り、防護服を脱いでから…『撤去中につき関係者以外立ち入り禁止』と書かれた覆いのあいだから、ひび割れ雑草の生い茂った駐車場へと足を踏み出す。
「…こうしてみると改めて大賀見の影響力がわかるわね。あの建物の周囲も雑草一本生えないし本当なら掃除もしなくて良いくらい埃もたまらないもの。壊した設備もすぐに直っちゃうし…もし、影響から逃れた女優や男優の死体をそのまま放置したら、一体どうなるのかしら…?」
怖いことを言いながら、主任は駐車場の端に車を止めた1組の男女に手を振る。
「マープル、ジェームズ、こっちこっち。」
そこから降りてきたのは2メートルを超える筋肉質のリスのリングマスクをつけた女性、エージェント・マープルの姿であり同じくエージェントであるジェームズは僕を見つけると嬉しそうに手を振った。
「おお、今回は大変だっただろう、
瞬間、マープルがジェームズの首を締め上げて黙らせる。
「ここでは名前を言うのを厳禁と、何度言えばわかるの…」
ギリギリと首を締め上げながらドスの利いた声で注意するマープル。
「すまない、すまないマープル…もう、もう言わないから…離してくれ。」
(うーん…1児の母は強い。)
僕はゼエゼエとアスファルトに膝をつく解放されたジェームズの背中をさすり、主任とマープルは劇場で起きたあらかたの出来事のすり合わせを行う。
「…そう、カサンドラも可哀想にね。ここに残っていた撤去班と救護班は明日から私たちの班と総入れ替えにして、しばらく休暇を取らせるようにするわ。みんなこの2日間で疲れているでしょうし、あなたたちも少し遅いけど午後と明日を休んじゃいなさいよ。その次は土日休みだから。」
マープルの提案に主任は肩をすくめてみせる。
「言われなくてもそうするつもり。でも、ちょっと寄りたいところがあるから、一旦会社に寄って、それから用事を済ませて有給申請を出させてもらうわ。」
「そう、無理しないでね。」
ねぎらうように手を振るジェームズとマープル。
そして、主任は僕を伴って乗ってきた社有車に乗り込んだ。
「…ここに来るのに君はカサンドラの車に同乗したから問題ないわね。お昼もまだなようだし、カサンドラのオススメのパン屋に寄って少しお昼休憩をとってから、のんびり行きましょうか。」
発進する車。8月の日差しは眩しくて、僕は思わず目を細める。
「劇場はしばらくあの2人が管理するわ。ジェームズはおっちょこちょいだけどマープルがフォローする形になるだろうから、そこまでひどいことにはならないでしょ。…何より、彼女は最近母親感が強いから撤去班の大半は彼女を守ろうと結束を固めるはずだし、ちょっとやそっとじゃ大賀見でも入り込めないくらいの防御網が出来上がるわね。」
そう言って主任はゴボウとかぼちゃパンを購入して店を後にする。
「…どうして、ですかね?」
「ん?」
公園の端に止めた車内で僕はカツサンドを食べながら主任に聞いた。
「どうして、大賀見は僕が作家志望であると聞いたときに納得した表情をしたんでしょうか?」
「んー」とフルーツ牛乳のパックの中身を飲みながら主任はストローを離す。
「あくまで推測だけれど大賀見は君に同じ感性を感じ取ったのかもしれない。彼は生前に脚本家として食べていきたかったのだけれど、当時は全然売れなくて父親の会社を継ぎながらも細々と書いていた…でも、自分の劇団を持ってもアマチュアの範囲でしか評価されなくて資金繰りもうまくいかなくて経営に随分と苦しんでいたみたいね。まあ、その過程でどうやってあそこまでオカルト関係の技術を身につけたのかは、まだまだ調査段階なのだけれど…」
主任は、かぼちゃパンの包装を取るとパンの塊にかじりつく。
「…ただ、大賀見本人には伏せられているのだけれど、実は死後に公開されている彼の劇に関しては会社の中でもマニアが出るくらいに人気があるの。生前に書いていた脚本に関しても古本屋で高値で取引されるくらいにはその手の界隈で人気が出てる…結局、死後に評価されたタイプの人間だったかしらね?彼は。」
そして、僕の方をちらりと見る主任。
「往々にして才能のある人間は同類を嗅ぎ分けるというわ…君も物書きとしての才能が本当はあるんじゃない?まあ、売れるかどうかは経験値や本人のモチベーションもあるし、評価してくれる周囲のタイミングにもよるけどね。」
主任はパンの最後のかけらを口に放り込むと、車を出す。
「…よし、後2時間ぐらいで翼ちゃんの通夜が始まる頃かしら?妹さんに伝えたいんでしょ?翼ちゃんの最後の言葉。」
その言葉にドキッとする僕。
そう、実は彼女のことについて僕は主任に相談しようと考えていた。
主任はそれにチッチと指を振る。
「ノンノン、そう言うのは思っているばかりじゃダメなの。会社の総務課に言えばすぐにでも喪服を貸し出してくれるし撤去班の記憶処理も終わっているから会場に着いたら手早く短く伝えられることだけ伝えなさい。それが君にできる最良のことだから。」
そう言ってハンドルを切る主任。
それに僕は恐る恐る聞いた。
「…主任、前々から思っていたんですけれど。面接試験を受けた時に僕が鬱だったとか本当は作家になりたいとか、翼さんのことは置いておくにしても僕が直接、口に出して言えないことを…僕の考えていることを今まで的確に言い当てていましたよね…なんで、そんなことができるんですか?」
主任はそれを聞くとフッと笑ってハンドルを操作する。
「それは、会社のセキュリティレベルに引っかかる質問ね。それを知りたければ君はあと2年。ここの仕事を続けてエージェントの試験を受けて昇格する必要があるわ。大丈夫、ジェームズも受かっているから君が受からないことはないわよ…知ってた?あいつも実は清掃員出なのよ。」
それは初耳だ。驚く僕に主任は続ける。
「でも、無理は禁物よ。君には君のペースというものがあるのだから。自分にあったやり方を模索しながらゆるゆる行きましょう。必死にならずに適度に仕事して、疲れたら休んで考えればいい。成果なんてベストなコンディションにしておけば後からやって来るものなんだから。」
「…主任らしいですね。」
僕はその言葉に小さく笑う。
…でも、確かにそうだ。
小説も焦らず少しずつ書いている。
清掃員としても焦らず仕事をしている。
それもひとえに主任から学んだものだ。
夏の日差しを浴びる、どこにでもあるような物流会社のビルの前。
僕は車から降りると、この奇妙な会社の清掃員として業務に当たるため、自ら進んで歩き出してみることにした…
クリーン・アップ 化野生姜 @kano-syouga
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