4−4「子供達」
時刻は午後の2時になろうとしている。
3階の廊下で未だに掃除半ばの僕はかなり焦っていた。
(今日中に校舎内のすべての廊下の清掃をするのは難しいかもしれない。)
1階のフロアひとつの往復清掃時間はおおよそ90分。
4階分の清掃をすると単純計算で6時間になる。
開始時間は朝の10時であり撤去時間も考えると午後の4時までにはジェームズに電話をかけたいところ。
だが、設置した清掃ボックスを下の階まで自力で運ぶことができないので、結局上の階まで戻ってモップを替える必要があり、さらに階段の往復分の時間が余分にかかるのでだいぶ時間にロスが出てきていた。
時計機能でスマートフォンを見ていると追加の主任のメールが入り、そこには端的に『サボるな』の四文字が並んでいた。
(…本当、何なんだよ。)
渡り廊下の向こうには今や10人を超す子供が廊下を行き来しており、休み時間さながらに鬼ごっこやボール遊びをしているのが見えた。
(呑気なもんだなあ)そんなことを思いながら掃除を再開すると、廊下の端にいた子供の1人が僕に声をかける。
「なあ、にいちゃん俺たちと一緒に遊ばないか?ボール投げしようよ。」
しかし、その隣にいた女の子が彼に駆け寄って首を振る。
「ダメダメ。あのお兄ちゃん上から下まで廊下の掃除しなきゃいけないの。ここの廊下を綺麗することがお兄ちゃんの仕事なのよ。」
「えー、そうなのかよー」と言った後、シャツに半ズボン頭を丸坊主にした今時懐かしい見目の彼は僕に手を振る。
「じゃあ、にいちゃん。仕事が終わったら俺たちと遊ぼうぜー。約束だよー。」
僕も一瞬その無邪気な雰囲気に飲まれ手を振り返しそうになったが、今はそれどころではないのだと思い直し仕事に戻ろうとする。その時、お腹がグウと鳴り、僕は今までお昼を食べていなかったことを思い出した。
…何しろ、主任のメールがひっきりなしに届くために意識していなかったが今日は昼休憩やおやつの時間もない。主任の話では、清掃作業はエネルギーをかなり食うのでちゃんと休みは取った方が良いとのことだったのだが…
(なんだかなあ…)
そうして、渡り廊下の先の隣の棟にモップをかけに行くと校舎前にジェームズの姿と乗ってきたものとは別の車種の車が停まっているのが見えた。
(…ん、もしかして僕の様子を見にきてくれたのか?)
すると、ジェームズが車に駆け寄り運転席の開いた窓に話しかけると、そこからのっそりと1人の人物が車から出てきてその姿を見た僕は思わず後じさる。
(ぷ、プロレスラー!?)
それは、二つの三角耳と後頭部にくるんと丸まったリスのしっぽを模した飾りをつけた2メートルはありそうな筋骨隆々のマスクマンであった。
(あれが、ジェームズの言っていた先輩。確かに力は強そうだけど…)
思わぬ人物の登場にドギマギしていると再びスマートフォンが振動する。
(ああ、まったく…!)と思いながら表示を見ると相手はジェームズだ。
「もしもし、3階から見えてはいるんだけど、今サボっていると主任に叱られ…」
だが、聞こえてきたのはジェームズのまくしたてるような言葉。
『今、3階に居るんだな!これからそっちに向かうから、その場から動かないように!あと、モップは絶対に離すな。それが生命線になるはずだ。絶対に何があってもモップだけは離すんじゃあないぞ!』
ピッと切れる通話。
(モップ?何で?)そんなことを思っていると渡り廊下の向こうから数人の子供たちの叫び声が聞こえてきた。
「お化け!お化けが来たー!」何かに追われているのか逃げ惑う子供達。
僕はスマートフォンをとっさに上着のポケットに入れると、機械のモップを握りしめ、子供達を助けるために渡り廊下の先へと走って行った。
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