4−3「床いっぱいの引っ搔き跡」
廊下の掃除を頼まれていたので床に何かあるのかと思い、僕は上の階に行くまでに注意深く床を観察してみることにした。
するとベージュ色の床板で目立たないようにはなってはいたが、白いチョークで描かれたような細い線が床のそこかしこに引かれているらしく、断続的につけられたそれは廊下の隅々に満遍なくつけられているように見えた。
(引っかき傷にも見えるけど…これ、どこまで範囲が広がっているんだろう。)
そう思いつつ僕は4階の廊下まで行くと専用の機械モップの電源を入れる。低いモーター音とともにモップは回り始めると、床を撫でるようにこするだけで白い線は綺麗に消えていった。(…どうやら、この機械で正解のようだ。)
未だ電源が繋がれたままの充電式の清掃ボックスはスマホのアプリで確認すると90パーセント近くまで電力が溜まっていたので、このままいっぱいになった時に移動させようと僕は清掃を優先させることにする。
(…でも、これが校舎全体につけられたものだとしたら、全部清掃が終わるまでにどれほどの時間が掛かるのか。)
範囲がわからない現状では、どこまですれば良いのか、どれくらいの時間で終了と見なせば良いのかさっぱり見当がつかない。そもそも僕は親にも前の職場の人間からも度々指摘を受けてはいたが計画を立てて行動したり効率的な方法を思いつくことが苦手だそうで、その度に小言を言われ続けていたことを思い出す。
(…でも、主任が「しろ」というからには今日中に終わる作業なのだろうから、それを信じて作業を行っていくしかないのかもな、メールも急かしていたし。)
そうして、1学年分の廊下の引っかき傷を隅まで掃除し終わる頃、不意に後ろからクスクスという笑い声が聞こえてきた。
「おーい、こっちこっちー!」「きゃー、鬼が来るー!」「わー!」
見れば、奥の教室から3人の子供が飛び出し廊下を走りまわっている。
僕は玄関のドアが開いていたことやジェームズの車のドアに手形があったことを思い出し、近所の子供達が校舎内に紛れ込んでしまったのだろうと声をかけた。
「おーい、君たち、ここには何か変な生き物がいるみたいだから、いますぐ家に帰りなさーい。」
しかし、子供達はそんなことはまるでお構いなしに笑いながら廊下と教室を行き来すると、ようやく僕の姿を認めたのか無邪気な顔で話しかけてくる。
「ねー、掃除のお兄さんお仕事中なのー?ちゃんと仕事してるー?」
僕は再び注意しようと口を開けかけたが、もともと話しかけられること自体好きではないので余計に話しかけられると困ると思い、黙ったままで次の渡り廊下へと移動することにした。
幸い、充電も済んでいるので清掃ボックスの電源を外して引きずって行き、渡り廊下を挟んだ隣の棟へ清掃ボックスの充電を繋ぎ直し、再度、清掃を始めることにする。見れば、掃除をする様子が面白いのか子供達は遠目ながらも興味津々といった感じで渡り廊下にモップをかける僕の姿を見つめており僕はますます困惑していく。
(…なんか、監視されているみたいだ。)
どうもこういう空気は好きじゃない。前の仕事もそうだったのだが、どうも人に見られて作業をしていると何か文句を言われるか叱られてしまうような変な強迫観念に囚われがちになる。
挙句、こういう時に失敗する可能性も高くなるもので、もともと洗剤で滑りやすい床にビニールで靴を覆っていたせいで、僕はその場でずるりと足を滑らせ慌てて機械を止めると渡り廊下の窓枠につかまった。
もちろん、渡り廊下の向こうにいる子供達はそれを見て大はしゃぎする。
「うわーい、ヘッタクソー!」
(…さっさと家に帰ってくれよ)そんなことを思いながら、窓の外を見ると何か大きな生き物が近くの崖の斜面を駆けていくのが見えた。
それはクマほどの大きさでフサのある尻尾を揺らして走っており、僕はこれこそがジェームズの言っていた妙な生き物ではないのかと考え、とっさにスマートフォンを取り出すも動きが止まる。
『そんなことよりも先に、ここのフロアを終わらせて』
それは、つい今しがた届いた主任のメール。
(…本当に、なんなんだ?)急かしてくる主任に廊下の引っかき傷、おまけに僕をからかう子供達に妙な生き物まで走っていて、焦りばかりが募っていく。
(とにかく、さっさと終わらせよう。あの変な生き物も外に出ているようだし、子供達の安全を考えるならこのまま校舎にいてもらった方が良いだろうしな。)
だんだんと増えていく子供の視線を避けながら、僕はモップの機械の電源を入れると速度を上げて上階の清掃を仕上げていくことにした…
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