8−6「休日の清掃日誌チェック・済み」
慌てて出て行く開発部長に、主任は「へー」と感心したように声を上げた。
「珍しいものを見たわね。ベルの家は代々占い師の家系なんだけど、年に数回ほどああやってトランス状態になって人の未来を見ることができるの。ただ、占いとしては内容が抽象的になりがちで、ベル自身も言った内容の記憶はないから自分なりに解釈しなければならないのだけれど…何か、ピンとくるものはあった?」
そう言って、首をかしげて見せる主任に僕は首を振る。
…正直言ってよく分からない。
「そう。あと言っておくと、私は1週間の休みは積極的にダラダラ怠けるべきだと思うし、清掃日誌は…気づいていると思うけど本来エージェントが管理する情報であって外部に流出するべきものではないから。うわごとで随分気にしているようだったけれど、小菅くんはそこまで気にする必要はないのよ。」
その瞬間、顔が赤くなるのを感じる…どうやら僕は、倒れているあいだに必死に休みのことや日誌のことを口走ってしまっていたらしい。
「それに…」と主任はつけ加える。
「あれだけ血の涙を出し続けたんだから貧血気味になってるはずよ。野菜と一緒にレバーとか鉄分を多く取るようにして、よーく休むように。」
その言葉に僕は「はい…」と言いつつ、ふと気になったことを質問した。
「そういえば、開発部長は『周りに被害が出る』って言っていましたが、あれって放っておくと僕以外にも被害は出るんですか?」
すると主任は「まあ、早急に取り押さえたから問題なかったんだけどね」と言いつつ、こう返した。
「あの壺は、対象の辛い記憶を徐々に呼び覚まして血の涙を流させるものなの。そして対象が涙を流し尽くして死ぬと記憶の中に混じっていた人たちに血の涙を伝播させる効果を持つ。本来の涙壺は、戦場に行く夫や亡き夫に涙した妻の涙をいれるものなのだけれど、これはその性質を逆手に取った呪いのアーティファクトでもあるのよね。」
近しい人間が涙を流し尽して死ぬと、さらに近しい人間が血の涙を流して死ぬ。
いわゆる倍々ゲームの危険性を孕んでいたのだと主任は言った。
「ま、もう済んだことだしね…どう、動ける?だったら、さっさと帰りましょ。明日から私も特別休暇を貰えるし、ゆっくり休んで英気を養いたいのよ。」
そして、大きく伸びをした主任に連れられ、僕は社員寮へと帰宅した。
外はすでに暗くなっており7月の暑さが少し気怠く感じる。
そんな折、ポストに小包が届いていた。
宛名を確認すると母親からだった。
部屋に持ち帰り開けてみると中には目新しいスマートフォンの箱が入っており、中には一筆箋で母の几帳面な字が書かれていた。
『始ちゃん、お疲れ様。お仕事はどうですか?先日、母さんの口座に始ちゃんからのボーナス分のお金がたくさん振り込まれていて驚きました。あんまりたくさんのお金に使い道に困り、悩んだ末に始ちゃんも母さんもお古のガラケーだったことを思い出したので新しくスマートフォンを2台買ってみることにしました。お店の人に聞いたらショップで相談すれば前のデータも引き継げるということなので、とりあえずお母さんだけ手続きをして始ちゃんには機種だけを購入してみました。もし、今後使うのでしたらお店に行って料金プランなどを決めてみては如何でしょうか?:追伸 次回からはボーナスは半分にしてください。母より』
僕は箱の中から真新しいスマートフォンを取り出し、しみじみ眺める。
(そういえば、これを使えばネットに繋げたりアプリで色々できるんだっけ。)
その時ふと、システム開発部長から聞いた占いを思い出す。
『逆風で流れた最後の種を拾いなさい。地は整えられ、いずれ芽吹きます。』
(…最後の種…諦めかけた小説…地が整う…スマートフォンのことか?)
病院で見た記憶からついそんなことを考えてしまい、僕はイヤイヤと首を振る。
…でも、特別休暇と労災のお金が出るので、今後は僕にも時間もお金にも多少の余裕が出るはずだ。
「まあ、メールが読み込めるようになれば、それで御の字だからな。」
そんなことを呟きながら、僕は明日に入るお金とスマホのことを考える。
いったいどのように使おうか。
新しいスマートフォンにどんな機能を入れようか。
考えは膨らむも、まだまだ時間はたっぷりある。
そして僕は、とりあえず疲れを取るためにお風呂に入って、翌朝まで寝てから、今後のことをゆっくりと考えてみることにした…
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