3−6「最後の死闘」

「私を定時で帰らせろー!」


言うなり主任は車の壁に設置されていた『非常時のみ使用可能』と書かれていたガラスの覆いをガシャンと素手で割り、中に入れられていた心臓除細動装置にも似た(ただし真ん中に先ほどまで使っていたシールと同じQRコードマークが大きく貼り出された)謎の機械を取り出すと、中を急いで開き、装置と線で繋がった取っ手のついた二つのコテのようなものを手につけ僕に向かって大声で叫んだ。


「装置の電源を入れて!中の大きな赤いボタン、今すぐ!」

「はい!」僕は反射的に赤いボタンを押す。


すると、目の前のコテがバチバチと派手な青い光を散らし、主任はそのまま目の前の男性の顔を掴む画面から伸びた腕へと突っ込んでいく。


『ギャアアアアアアアアアアア!』


それに触れた途端、黒い腕は瞬時に画面へと引っ込んで行き、掴まれていた男性は弾みでレバーを離してガクンと後ろへと仰け反る。


「よし!」手元が離れた瞬間に主任は手元のレバーを全て最大値まで上げ、無線に向かって話しかけた。


「こちら、エージェント・ドグラ。中継車の安全を確保。防御出力を最大値まで上げました、何か問題ありますか?」


すると無線の向こうで安堵したシステム開発部長の声が聞こえてきた。


『ありがとうございます、残り電力に問題なければそのまま続行して可能です。』


すると主任は「じゃ、戻るわよ」と言ってコテを放り出し、スタスタと車から出て行く。僕はそんな主任に慌てて追いつくも心配になる…何しろ、中で人は倒れたままだし、電力残量についても主任が報告する様子がなかったからだ。


すると主任は「チッ」と舌打ちして僕を見た。


「大丈夫よ、もうすぐ救護班も駆けつけてくるわ。それに、そこで倒れてる人間がケチって防御用の装置の出力下げたのが間違いの元だったんだから。残り20%を切ってるけど、あと1時間ぐらいなら何とかなるでしょ…と、今何時だっけ。」


そうして車内のどこで見つけたものか、まだ未使用の支給タブレットを包んでいた袋から取り出すと、主任は電源を起動し時間を確認する。


「なーんだ、撤収時間まであと10分も余裕があるじゃない。開発部長ならこのあと突貫工事で修正してくれるだろうし…小菅くん。」


「はい?」と寄っていくと主任はタブレットを見覚えのあるアイコン画面に切り替えて僕に寄越す。「残り時間ぐらいはちゃんと仕事をしましょう。どうせ1分前にはお祈りタイムだから。」


「お祈りタイム?」


しかし、僕の問いには答えず、無線から流れてくる補給要請に主任は応え始め、再び僕らは作業に戻ることとなった。


…そうして、作業を再開してからきっかり9分後。


救護班がすでに全滅している中継車の方へと向かって行くのを確認した頃、全員の無線にシステム開発部長からの一斉放送が入った。


『ピーンポーンパーンポーン、システム管理部からお知らせです。間もなくシステムの修復作業が完了いたします。みなさん、これから当社のシステムがちゃんと復旧するよう、お祈りをお願いいたします。』


すると、周囲にいた社員全員が作業の手を止め、みんな思い思いの形で手を組むと祈るようなポーズをとる。


『では、みなさんご唱和ください。せ〜の!』


「「「「「ちゃんと動きますように!!!」」」」」


ヴゥ…ンン…という、無線を通して聞こえてくる電子機器特有の重量ある低音とともに、なぜか周囲の空気が澄んでいく気がした。


『…みなさん、お疲れ様でした。無事システム全体の稼働を確認いたしました。これにて今年度のシステム修正および清掃作業を終了いたします。怪我をした人はちゃんと救護班に申告を忘れずに、作業を完了した人たちはシステム管理部の職員が真心こめて配給する特製栄養ドリンクをお土産としてお持ち帰りください。本日、お手伝いしていただいた社員全員には特別ボーナスの支給を…』


開発部長の声とともに、ビルの中からぞろぞろと死んだ目をしたエージェントや撤去班が出てくる。だが、彼らの着ていた防護服は大部分が擦り切れたり破れたり泥をかぶったりした状態で、中には背中に矢が刺さっていたり頭頂部の髪の毛をごっそり持って行かれた社員もいたが、みんな一様に「お、終わった…」といった表情でフラフラと列を作って入り口に待機している開発部長や管理部の社員から牛乳ビン入りの琥珀色の液体を受け取っている。


「これ、結構強い効能を持っているから。特に怪我をしていない私たちの場合、土日に分けて飲むようにしたほうが良いわよ。昔、一気飲みしたジェームズは、その日のうちに隣の県まで走って行って二日間ほど戻ってこなかったし。」


そう言って、主任は僕にも同じビンを渡してくれる。


「じゃ、私たちの仕事はここまで。シール付きも今使ってるタブレットも中継車の中に放り込んどけば良いし、今年は開発部長に恩を売ったから来年もこのポジションを確保できるわ。楽できるって良いわよ…さ、帰りましょう。」


(まあ、確かに)僕はビンを受け取りながらそう思う。


ビルの中から担架で運ばれてくるエージェントや謎の影によって半死半生にさせられたシステム管理部の人間よりは僕らはマシな位置にいたのだろう。


(でも、)僕は主任に連れられながらも未だに覆いもバリケードも一切外されていないビルを見て、こう思ってしまう。


(…っだから、あのビルで一体何があったんだよ…!)

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