5−5「残ったのは…」
地図に従い『α』と書かれた看板の窓口に行く。
そこにはカーテンの閉まった窓の前に紙切れが1枚だけ置かれていた。
『領収書』と金額の書かれた紙。
でも、主任はその紙にすぐ手を伸ばそうとはしない。
(何をしているのだろう?)
そう思っていると主任の持つスマートフォンに文字が浮かんだ。
『どうぞ、お受け取りください。』
そこで初めて主任は領収書を手に取る。
その時、後ろでギギギと何かの捩れる音と共に女性の叫ぶ声が聞こえた。
「やめて、離して!諜報部に連絡するわよ…!」
グキャボギョッ
何かが複数回折れる音。
見えはしないものの僕はあのサングラスの女性が折りたたまれた姿を想像する。
気がつけば、額にふつふつと汗が浮かんでいた。
何でこんな場所に来てしまったのか。
僕らの背後で何が起こっているのか。
周囲を歩くにこやかな人たち。
でも、この人たちは先ほどの女性を助けようともせず、まるで周囲の異変に気づいていないかのようにニコニコとしている。
…これは、気づいていないのか?それとも故意なのか?
(死ぬにしても、こんなわけのわからない場所で死ぬのだけはゴメンだ。)
そう思った僕のスマートフォンに文字が浮かぶ。
『次の窓口は44』
浮かび上がる地図を横目で見ながら僕は主任の手に引かれ、必死に44の数字の看板を目で追う…でも、ない、別の数字や無地の看板ばかりが目の前に続く。
焦る、焦る。
(通り過ぎてしまったか?でも、後ろも見ることができないし…)
後ろから足音ともに荒い息遣いが聞こえる。
それは残った男性のものか?それとも別の誰かのものか?
(…主任に従っているが、果たして正しい道を進んでいるのか?)
疑ったらキリがない。でも、目印となる看板が…
そこで、主任が一つの窓口の前で足を止める。
その看板は無地の板が下げられ『44』とは書いていない。
すると、窓口のレースがハラリとめくられ、白く美しい女性の手が覗く。
「お待たせいたしました。今年度のカタログになります。」
涼やかな声。そして女性は1枚のCD-Rを窓口に出してきた。
みれば主任がちょいちょいと僕のスマホを指さし、僕は画面を見る。
『どうぞ、お受け取りください』
僕はおずおずと一礼してCD-Rを受け取るとレースのカーテンは閉じられた。
その縫い目は薄くであるが『44』と読み取れる。
(…引っ掛けかよ)内心僕は突っ込むもスマートフォンの地図はこの位置を指しており、僕はいつしか看板ばかりを見つめていたことを反省する。
そして、スマートフォンに次の指示が浮かぶ。
『地図に従い出口に向かってください。』
(どうやらこれで終了らしい…)
続いて出た地図は現在地から角を左に曲がり、次の突き当たりを右を曲がれとのことだった。その指示の道筋に僕はどこか覚えがあるものの主任に手を引かれていることもあり、そのまま一緒に角を曲がる。
…その時、不意に肩を掴まれグイッと目の前にスマートフォンが突き出された。
『頼むからそのカタログを置いていってくれ。』
それは、スマートフォンのメモ機能。
隣を歩くのは、あの休憩室で見た手帳を持ったメガネの男であり彼は重い足取りで必死に前へと進みながら文字を打ち込んでいく。
『指示されていた目印を見失ってしまったんだ。手帳にはカタログがないとここから出られないと書かれていた。仲間の最後のメールを読んでここまで来たのに、休憩室で見つけた手記に従ってきたのに、俺は仲間と同じようにここで死んでしまう…!』
よろよろと歩く男。その足はどんどん鈍くなっていき…いや、違う。
男の周りから手が伸びる。白い手、黒い手、穴の空いた幾人もの手。
それが男の腕や足に絡み男の足を鈍らせていく。
『頼む、た…』
最後の文字を打ち込む前に男は後ろへと連れて行かれ、僕は振り返ることもできずに主任に引かれて右の角を曲がる。
…そこは、僕と主任が最初に掃除をした通路に見えた。
記憶では奥にはドアが1つと左にシスターが座っていたはずだ。
だが、ドアの左にはシスターの服を着た白骨が椅子に腰掛けており、まるで水でもすくうかのように両の手のひらを開けている。
その時、僕らのスマートフォンに指示が届いた。
『お疲れ様でした。彼女の手のひらにUSBを返却し、振り返らずにドアの外へとお進みください。』
主任は僕の手を離すとUSBを外し、白骨の手の上に置いて外へと出る。
僕もそれに習いUSBを手に置いてドアを開けた。
そして閉める時にかすかに後ろでドアの開く音に合わせて『ようこそ中央医療教会・日本支部へ。私は案内役のシスター・村雨です…』という声が聞こえた気がしたが、僕は振り返らずに急いでドアを閉める。
そして、顔を上げた僕は驚いた。
…そこは今朝ほど通ったシャッター街であり、道の端には僕らの乗ってきた社有車がきちんと停められている。主任はその車を見るとスマートフォンを確認し、大きく伸びをしてこちらを見た。
「ん、終わったわね。もう後ろを振り返ってもいいわよ。」
僕は言われた通りに後ろを振り返り、ぎょっとする。
…そこは、空き地であった。
『テナント募集中』の看板が立つ雑草が伸び放題の空き地。
まるで悪い悪夢のようだ。
でも、手に持ったカタログのCD-Rは本物だった。
「ま、万事がこの調子だからね。いちいち機転を利かせきゃいけないからメチャクチャ気を使ってしんどいのよ…小菅くん、次回一人で行ってくれる?」
そうニヤリと笑う主任に僕はブンブンと首をふる。
正直、あんなところに一人で行って帰ってくるなんて無理すぎる。
主任がいたからこそどうにかなったようなものだった。
僕は主任に運転を任せながら、半分以上閉店したシャッター街を後にする。
…中央医療教会・日本支部。
そこは日本の商店街にひっそりと建つ、得体の知れない教会であった。
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