5−4「注文の多い教会」

イライラした様子の男が皿に盛られていたぶどうの実を手で弄んでいる。

休憩室で一触即発の空気の中、僕と主任のスマートフォンに通知が来た。


『お待たせいたしました。ドアの前に立ってください。』


同時に主任はドアの前へと進み、僕も5人の横を通り過ぎ後ろに従う。


『ドアから先は振り返らずに、口を慎んで地図に従いお進みください。』


ドアノブに手をかける前、主任が後ろに手を出し「握って」とポソッと言う。

僕もそれに従い主任の手を握ってドアの外に出たが…その瞬間、目を丸くした。


そこは大勢の人でごった返す広く明るい院内になっていた。


高い天井は外の映像を映しているのか青空が見えており、通路の合間に設けられた窓からは赤や黄色の花が芳香のする薬草とともにカゴに吊り下げられている。


誰もが皆、楽しげな顔をして薬を受け取り、会釈し、別の窓へと歩いていく。

その時、主任にくいっと手を引かれ、我に返った僕はスマートフォンを見た。


地図によれば、ここから左に曲がった『III』と書かれた窓口に行くようだ。


そうして歩き出すと、僕の後ろでドアが4回開く音と足音が聞こえ5回目にドアを開ける音に合わせてくちゃくちゃと何かを噛むような音とそれを注意する老人の声が聞こえてきた。


「ちょっとあんた、さすがに休憩室で食べ物は…」


その時だった。


べちゃっ ブチュッ


何かのつぶれる音が二箇所同時にした。

その時、スマートフォンに再び文字が届く。


『休憩室内での食事の禁止』

『ドアから先は振り返らずに口を慎んで地図に従いお進みください』


主任はそのまま進み、ローマ数字の『III』の看板がぶら下がった窓口で止まる。


すると、内側が板で半分以上打ち付けられた窓から長い指を持つ手が伸びてきて『ココ、血判』と鉛筆で丸がつけられた空白欄をトントンと指を差す。


主任は一旦僕から手を離すと、ポケットから銀製の蓋つきのケースを取り出し、赤黒い色をした朱肉と象牙の印鑑を取り出すと窓口に畳まれていた白いハンカチを書類の下に置き、朱肉をつけてグリグリと判を押した。


『あんがと、じゃあ今度はΔ(デルタ)の窓口のところに行きな。』


フェッフェという声とともに書類が引っ込んで、窓口の最後の板が閉じられる。

同時にスマートフォンから指示が届くも僕は首をかしげる。


スマートフォンは『次の窓口α(アルファ)』と表示されていた。

これでは、先ほど聞いた窓口の説明と違うではないか。


しかし、主任は何も言わずに印鑑をしまうと僕に手を握れとジェスチャーする。

僕もそれに従い歩き出すと主任はスマートフォンを見て迷わず『α』の看板のある窓口へと向かった。


そして歩き出した時、今度は休憩室で怯えていた青年の声が聞こえた。


「そんな、窓口の人は…!」


グチャッ


何かの潰れる音ともにスマートフォンに指示が届く。


『スマートフォンの地図に従ってください』


後ろが振り返れない以上、僕と主任は先に進むほかなかった…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る