1−3「後始末」

「弊社を希望した理由はなんですか?」


月収30万、昇給ボーナスあり、土日完全週休、福利厚生も手厚い。

あと交通費が全額負担に宿舎も有りと記載されていたから…


だが、面接時にそんなことを言えば落とされる可能性は高くなる一方だ。僕は前々から用意していたセリフを言うために口を開こうとしたが、最初の一音を発する前に3人のうち端にいた面接官がひらひらと手を振った。


「あ、それ以上言わなくていいから。よくある御社の物流の仕事の素晴らしさや清掃業という人の役に立つ仕事に就きたくてとか聞きたくないし…それより、」


面接官は頭の両側をお団子結びにした年若い女性社員であり、彼女は応募書類には目もくれず僕の目をじっと見てニコリと笑う。


「転職が多いね。お医者さんから鬱病と診断されたのは…3年前から?」


瞬間、僕の顔から汗が噴き出す。


面接時に鬱病だと知られた場合、採用される確率は極端に低くなる。


一度、鬱病に罹った人間は薬の常用やその副作用がつきまとうため仕事に支障が出る可能性が高いと会社が判断することが多い。僕もこの3年間、病を抱えながらも必死に面接時にはそのことを隠して受けるようにしていた。そうでなければ、賃金の高い正社員はおろか、期間的な臨時職員の採用さえ見送られることが普通だったからだ。つまりこの場合は…


「じゃ、採用で。」


(…は?)僕が顔を上げると座っていた2人が立ち上がり、部屋に残ったお団子の女性が僕に軽く頭を下げる。


「契約などの必要書類は説明書同封で明後日までに連絡先に送ります。必要事項を明記の上、出勤した初日に会社の3階にある総務課に届けてください。制服は、随時適当なものをお渡ししますので、初日はジーパン等のゆるい服装で結構です。筆記用具のみ持参ください…何か、ご質問は?」


…と、言ってきたのが目の前にいる指導員。つまり清掃員のまとめ役。


彼女は先ほど得体の知れない生物を二丁拳銃で撃ち殺したことなどすっかり忘れた様子で会社のロッカールームから出てくると首に社員証を下げながらもセーターにジーンズ姿とゆるい服装で自販機で缶コーヒーを3本ぶん購入し廊下のソファに座る僕らにそれを渡した。


「お疲れ、初日で大当たりだったわね。君はいいけど、そっちの…えっと、小岩井ちゃんだったっけ?あー、もうダメそうだねえ。」


みれば、小岩井と呼ばれた若い女性はコーヒーも飲めないほどに体ががくがくと震えており、先ほどの出来事が相当ショッキングだったことを思わせた。


そこに、靴音を鳴らしながら1人の背の高い男がやってくると女性指導員は顔を見るなりニヤリと笑った。


「やっちゃったね、ジェームズくん。次回やったら降格じゃなかったっけ?」


ジェームズと呼ばれた男性はそれに首をふると「上はまだいろってさ」と続け、

「今回の件で、死亡を含めた4人は手当と記憶処理をして日常に戻ってもらう。そっちの2人はどうだ?必要か?」と僕と女性を見る。


指導員はちらりと僕と隣の女性を見ると、彼女の方を指差した。


「こっちをよろしく。こっちはまだ大丈夫そう。」

「オーケー。今日の清掃はキャンセルでいいぞ、いつするかは明日連絡する。」


そうして男性は女性を立たせ歩かせるも、指導員がそれを引き止めた。


「あ、ちょい待ち。この子を2割減額の代わりに『甲の248番』の適用を。」


男性はそれを聞くと舌打ちをし「許可はどうする?」と聞く。

すると、指導員は肩をすくめて笑ってみせた。


「あんたのサインで十分だと思わない?明らかに今回の件で精神的苦痛を伴っているし、これならチャラどころかこの子のプラスになるはずだけど?」


「怒られるのは俺なんだが…」そうボヤき、男は女性を連れて歩き出した。

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