9−5「見覚えのある女優」
『…で重体になっていた、女優でタレントの
(小岩井…聞いたことがある名前だな。)
つけっぱなしになっているテレビの音声を聞きながら僕は警備員室前の床を清掃する。これは本来撤去班の現場維持の作業にあたるのだが、昨日からの人出不足により一時的に仕事を預かる形となり、それに伴って次の補充が決まるまでに数日の清掃予定が1週間に引き伸ばされる形となっていた。
『おはよう。1日経って見てここはどんな印象かな?来るものは拒まず、去るものは追わず。我が一座で苦楽を共にするのなら私は誰が来ても拒みはしないよ。』
そう言って警備員室の小窓から勧誘してくるのは劇場支配人の大賀見で、死んでいるのに衣装持ちなのか昨日とは違う仕立ての燕尾服を着ている。
(…死人って同じ服の印象だったけど、意外にこの人おしゃれさんだな。というか本当にこの人死んでいるのか?こうして見れば、ただの顔立ちの整ったお兄さんって感じだし劇団員もそうだけど朝も昼も普通に動き回っているしな…。)
そんなことを考えつつ主任に言われた通りに無視を決めこみ(主任は用事があるそうで午後までカサンドラさんの指示に従って)僕は床の清掃を続ける。
『釣れないなあ、君は舞台の脇役としての可能性があるのに。もちろん経験を積めば誰でも将来的にここで主役になれるチャンスがあることを忘れてはいけないよ…もっとも、まずはお互いの名前を知ることこそが最大のコミュニュケーションだと私は考えているのだが。』
隙あらば勧誘行為。
…それにしてもわざわざここまで来てするべきことなのだろうか?
『次の台本を考える上でも君が我が一座に入れば良い刺激になると思うのだが…おっと、そんなことを言っている間に次の女優が来たようだ。』
(え?)
つられて、僕は警備員室から入る通用口に目を向け…
思わずモップを動かす手を止める。
『あの、どうして私ここに来たんでしょうか。ここってどこなんですか?前後の記憶がどうもはっきりしなくて…』
手術着のおぼつかない足取りで2、3歩歩く若い女性。
彼女は靴を履いておらず裸足の足は冷たい床を踏む。
でも、彼女を見て僕は言葉にならないショックを受けた。
…彼女に会ったのはたった1日。
それも、この職場に採用された初日に会っただけの関係だ。
でも彼女は、この後に縁に恵まれると…幸せになれると思っていたはずなのに。
『あの、すみません。』
最初に会った日と同じように彼女は肩を震わせながら僕に言う。
『…なんだかひどく寒くって、上着だけでも貸していただけませんか?』
そこに薄く微笑みを浮かべた大賀見が出てきて頭を下げる。
『ようこそ
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