7−4「外へ出ると」
清掃車が発進すると老人は慌てて後を追いかける。
「…待て、どこへ行こうというんだ!」
喘ぎながら必死に追いすがろうとる老人。
しかし、寄る年波には勝てずに清掃車との距離はどんどん離れていく。
「私を誰だと思っている。この地は私のおかげで発展を遂げたんだぞ。長い年月を経てどれだけの犠牲と魔術の知識をここに注ぎ込んだと思っているんだ。私を迷宮に閉じ込めたボンクラな一族の人間とはまるで違う、私が、私こそが…!」
何事かを叫ぶ老人。
その目は爛々と光りとても正気とは思えない。
(これって老人虐待になるんじゃなかろうか…)
僕の頭をふと一抹の不安がよぎったものの、後ろを見ていた主任が「あ、やっぱり」と声を上げた。
「大丈夫よ。もうあのおじいちゃん人間じゃないから。見てごらん。」
そう言うと主任は僕の代わりに素早くハンドルをつかむ。
つられて後方を見た僕はギョッとした。
老人が今しがた出てきた部屋。
その部屋から青い燐光を放つ物体がずるりと身を乗り出す。
それは僕が部屋を通り過ぎる時に見たエビが大量に集合した姿であり、水を巻き込んだその物体はまるで波打つ液体のようで、同じく足元から青い燐光を放ち崩れ落ちていく老人に被さるとそのまま中へと連れ戻そうとする。
『嫌じゃ、嫌じゃ!なぜ私がそこに行かねばならない。あやつらの仕業か?私の業績だけを奪っていっただけの穀潰しどもの仕業か!なぜだあああああああ!』
水に覆い被さられた老人の体は見る間に溶け出していき、ついには一体の白骨となって部屋の中へと戻されていく。
助ける間もないあっという間の光景。
僕は呆然と後ろの光景に見入っていた。
「…ハンドル持って。」
主任の短いその言葉に僕はハッとして目の前のハンドルを握る。
気がつけば清掃車は明かりもない道を進んでいた。
その時、目の前の空間が左右に開きそれがドアであることに僕は気づく。
「…正味3時間ほど。どうやら、無事に帰ってこれたみたいね。」
手元のスマートフォンを見ながら主任がそう呟くと、そこは僕らが最初に入った扉と同じものだった。
主任はエンジンを止めると同時に清掃車から降りると入口付近に仕掛けていたデジタル時計を素早く手に取り、時間を確認した後でエレベーター横についた内線で支配人室に電話をする。
しばらくするとエレベーターが到着し、シャツにネクタイの模様が変わった支配人が顔を出した。
「お疲れ様でした。荷物は無事に配送が済んでおります。では、エレベーターに乗って裏の搬入口からおかえりくださいませ。」
清掃車をエレベーター内へと動かす僕の傍ら、主任は支配人に近づくと「ちょっと聞きたいんだけど」と言っていつの間にか閉まった扉の方を指差した。
「あの中に老人がいてね。口調からどうもここの創始者っぽい感じがしたんだけど、それについて何か聞いてる?」
すると、支配人は少しだけ目を細めてこう言った。
「ええ、名前までは申し上げられませんが偉大な方であったと上から話は聞いておりますよ。なんでも5世紀以上も前にこの店の前身となる礎を築いた方でして。晩年は何らかの事故で行方不明になってしまいましたが企業が全世界に進出し店の形態が変化してもその精神は我々の中に生き続けているのです…ですから、あの方に会われたあなた方はとても幸運な部類に当たりますね。どうでしたか?お元気でしたか?」
その言葉に、主任は「まあね」と答えてエレベーターに乗り込む。
「ただ、あの人に会ったあと3時間の清掃時間が1週間に引き延ばされてしまいましたの。今後の仕事のスケジュールに問題が出てしまいますから。以後、気をつけるように上に行ってくださる?」
それに支配人は「え、あ…はあ。」と気の無い返事をする。
そう言われて僕は初めて気がつく。
主任の持っていたカレンダー付きのデジタル時計。その日数が、僕らの出発した日から7日も進んだ6月15日へと変化していた…
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