2−4「悪夢」

…気がつくと、僕は自宅のベッドの上に寝転がっていた。


狭い部屋、枕元やベッドの側には本棚に収まらなかった本が乱雑に積まれ、タンスやコートかけの下も同様にダンボールに入れられた漫画や小説があふれんばかりに押し込まれている。机はやや片付いていたが、そこにも何冊かの専門書が置かれていて、専門書ソレを机に置いたのが誰だったか思い出すと僕の中で(なんだ…実家に帰ったのか)と半ば諦めにも似た気持ちが押し寄せてきた。


水でも飲もうと起き上がるも、隣の部屋の存在を思い出し…足が止まる。

でも、台所は階下にあるから行かなければ水は飲めない。


意を決し、引き戸を開けて廊下へと出ると、隣の部屋の扉越しにあの聞きなれた呪詛のような低い淡々とした声と女のすすり泣き声が響いてきた。


(…また、始まった。)僕は日々繰り返される、この悪夢にも似た時間がすごく嫌だった。さほど長くもない廊下だったが僕は足音を極力立てないようにゆっくりと廊下を進み階段を降りる…だが、その一歩めで扉越しに大きな声が響いた。


「だからお前は…も何もわかっていないんだ!俺は知ってるんだぞ!真実を!」


すすり泣く声も一層酷くなり僕はたまらず階段をかけ下りようと足を進める。

でも、行けない。降りられない。何かに当たって降りられない。

…そうして僕は、下を見てからギョッとした。


階下へと進む階段の先…そこにあふれんばかりにマネキンが詰め込まれていた。


男も女も老人も子供も関係なく階下に詰め込まれたマネキンは、僕に気がつくと次々手を伸ばし、無いはずの唇で言葉を紡ぐ。


『散歩に出たいよお。』『連れて行ってくれよお。』『置いていくのかい?』


しわがれたその声は僕に対する執着が詰まっていて、嫌がおうなしにある人間を連想させ僕は必死にあとじさりながらその声に謝る。


「ごめん、ごめんよバアちゃん。でも、にはもう…」


瞬間、僕はベッドの上で目を覚まし…体が思うように動かないことに気づく。


見れば、半分起き上がったベッドの上で僕の体は胴体を始め腕も足も固定され、半ば自分の力で動けないようになっていた(え…?)


周囲を見渡せば、そこは簡易型のテントの中であり、僕の様子に気づいた数人の看護師のうち一人がテントの外に声をかけ、ついで中に入ってきたのは防護服をすでに脱いだ私服姿の主任、その人であった。

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