第30話 陰キャぼっちの夜ご飯②

「ね、ねぇ。

 なんで、私の名前知ってるの?」


「………………」


 俺の頭の中は、真っ白になった。ラーメンの事なんて一切気にならないくらいに。

 

 何でここにいんだよ…

それと、その甘ったるい声は何なんだよ。


 普段は、絶対、見せない姿を曝け出す貝坂に、俺は顔を引きつらせることしかできないでいた。


「…………………」


「あぁ、いいたくないならいいよ。

 その代わりと言ってなんだけど…」


 ちゃっかり俺の隣に座ってきた貝坂は

無言でい続けた俺に体をモジモジさせながら

そう言った。

  

「な、何…」


「えっとー。貴方、何年何組??」


あざとさのある声色でそう言う貝坂。

 

どうやら、俺が同じクラスの

ということに気付いていないらしい。


不幸中の幸いだな。


俺はここで、ようやく確信が持てた。


お冷やを何度もゴクリと飲んで

俺は心の中で「ふぅ」と息をつく。


ほんっと神様は意地悪すぎねぇか。


 なんで、俺にこんなクソゲーを

させようとすんだよ…。


 神が、俺に与えた試練…。

(まぁ、こういうと厨二臭い…のかもしれないけども)それは…貝坂に正体がバレないように振る舞うというものだ…。


 俺の正体が景谷守であると貝坂に知られたら即ゲームオーバー…。


 逆に俺の正体を悟らせず、この場をやり過ごせれたらゲームクリアといったところか…。


 貝坂を無視すれば…余裕でクリアできるこのミッション…。何だけど……。


「んもう、どんだけ水飲むのよ…。

 そうやって私の質問に答えない気でしょ」


 「うっ…」


 何とも確信めいたことを甘ったるい声で頰を膨らませて言う貝坂に、俺は思わずギクっと体が震える。

 

くそ…俺の戦略がバレたぞ。

まずいぞ…どうする……。


頬杖をつきながら、俺のことをジト目で

見続ける貝坂に対し、俺は脇から嫌な冷や汗が垂れていた。


頼む…勘弁してくれ…。

誰でもいい。誰でも良いから…この状況を打開してくれ…。



と、そう俺が必死に懇願したその時、


「はい!おまちぃ!

 味噌ラーメン!!ね」と

ダンディな店主から声がかかった。


「あれ?俺頼んでないんだけど…」

と率直にそう思ったが

俺はすぐ様ラーメンを手に取り、食事の体勢に入った。


もうなりふり構ってられない…。


「いただきます」と食事の挨拶をし、

俺は味噌の良い香りがするラーメンを頬張る。


 厚切りチャーシューが3枚に茹で玉子が二つ。おまけに、メンマが5つにもやしもたくさん入っているというボリューム満載のラーメン…。


 それを、俺は目もくれずにひたすらに食べ進めた。



 ズスズと麺をすする音が店内に響き渡る。

店主には申し訳ないが、味は全然感じなかった。

   

 「ん、もう…」


 貝坂は、どこか罰が悪そうにそう言い

小さく息を吐いた。


 ふっ、勝った…。


 俺は必死にラーメンを食べ進めながら

心の中でそう思ったのだった。


♦︎♢♦︎


それから、数秒が経った時。


沈黙が続く中、俺は、急に

店主に声をかけられた。


「おぉ、あんちゃんいい食べっぷりだな」と。


 ラーメンを勢いよく食べる姿をみた店主が俺に屈託のない笑みを向ける。


 俺はコクリと軽く頷き、味をほとんど感じないラーメンをすする。


すいません…店主さん。味しないです…。

主に隣にいる貝坂のせいで…。


チラッと貝坂を横目で見て俺は心の中で

店主に謝罪する。


「いやぁ、でもそんなに勢いよく食べてくれてんだ…サービスした甲斐があったぜ」


ん?どういうことだ…?


 聞き捨てならないセリフを店主は言いながら俺の隣に座る貝坂にラーメンを手渡す。


「はい、さん」と最後にボソッと呟いて…。


「ゴホッゴホッ」


「いやぁ…彼女だなんて…」


むせて咳が出てしまった俺に対し

貝坂は、赤く頬を染め上げてそう言った。


その俺達二人の反応を見て店主はケラケラと

笑いとばす。


 「いやぁ…初々しいしいねぇ。

  カップルでの来客はそうないから、

  サービスした甲斐ほんとあったぜ」


ゴホッゴホッと再度咳き込むとともに


だからか…だから、こんなにラーメンがボリューミーなのか…。


余計なサービスいりませんよ…店主さん…。

勘弁してください…。


まだ、器に残っている厚切りチャーシューを見て俺は、そう思うと共にため息がでる。


「カップルだなんて…」

そう言いながら俺を熱い眼差しで見つめる貝坂。


やめてくれ…ホントに……。


 この場にいたら、何かまた厄介な事が起こりそうだ…。はやく食べ終えてここを出よう…


 幸い、ラーメンを勢いよく食べていた事もあって、残りの量はわずかだった。


貝坂には、悪いが俺は先に帰らせてもらう…。


 俺はそう決意し、そこから更に食べるスピードを上げていった。


♦︎♢♦︎


それから数分経って俺は見事、店主のサービス特製ラーメンを完食した。


「この、ラーメンがいくらなのか」なんてことは、分からなかったけれど、


1500円あれば足りるだろ…なんて、安直な考えでカウンター席に、お金を置き俺はその場を後にした。


 途中で店主から声がかかったり、貝坂の悲しげな表情が見えたりしたが、俺は歩みを止めなかった。


 今日のことは忘れるんだ……

忘れる…忘れる…忘れる。


そう念じて、俺は一人帰路を辿って行った。


♦︎♢♦︎


 はぁ、やっちゃったか。

 結局あのイケメン男子の情報何一つ

 手に入らなかった。

 

 何年何組なのかも分からないんじゃ

 探すのに時間がかかりそうね。


 はぁ、せめて苗字くらい知れれば

 良かったのに…。


 私は一人心の中で嘆くももう遅い。

彼はもう去ってしまったのだから…。


 「はぁ」とため息をつきながら

私は味噌ラーメンを頬張る。


すると、気づけば私の隣に立っていた店主もまた「はぁ」とため息をつき頭を抱えていた。


「ったく、あの、あんちゃん。

 1500円置いてくのはいいが、

 ついでにを落としていくな

 よなぁ。金をポケットの中に突っ込むなよ

 …………はぁ。」


「あ、あの、何か落としていったんです

 か?」


 私は目を輝かせて、店主にそういった。


 もしかしたら、彼の正体を知れるヒントがあるかもしれない…そう思ったのだ。


 「あぁ…。そうか、嬢ちゃん。

  あのあんちゃんの彼女だもんな。

  なら、これ渡しといてくれや」


そう言われ、私はその物を店主から

受け取った。


「え?」私は自然とそう声を漏らし、気づけば席を立っていた。


「どうした?」と店主に訝しんだ視線を向けられたが、どうしたもこうしたもない…。


 嘘でしょ……。

 あのイケメン男子の名字………

なの??


私が、店主から受け取ったもの、それは

彼の名札だった。


本来で有れば、組や、所属委員のバッジが

ついているはずなのに、彼のものにはそういったバッジが一つもついていなかった。


端的に言えば、名字だけ……。

ただ、それだけが記入されていた、名札だった。


これは………ふふっ。


数秒の間、驚愕し固まってしまったが、

いつのまにか、私は自然と笑みがこぼれていた。


景谷のかもしれないわね…。


ふふっ。まぁ、良い。

どちらにしろ良いことをしれたわ…。


「どうした?嬢ちゃん?」


「いえ、何でもないですよ!」


「お、おう。そうか。

 なんか、やけにハイテンションになったな

 嬢ちゃん。

 なんか、良いことでもあったのか?」


 「はい!とっても良いことありました」


私は屈託のない笑みを店主に向け、そう言った。


あれ、美味しいこのラーメン。


さっきまで、ほとんど味のしなかったラーメンがいつのまにやら絶品料理へと変貌を遂げていた…。


ふふっ。今日はいい日だ。

待ってなさい…景谷…。

あんたから、あのイケメン男子の情報を

包み隠さず聞き出すわ…。

はやく月曜日にならないかなぁ。


私こと貝坂美幸は、美味しくなったラーメンをすすりながら、そんな事を思っていた。


♦︎♢♦︎


「あれ、鳥肌が………き、気のせいか」


一人ノコノコ歩きながら帰路を辿る

景谷守は、この時まだ知らない。

自分がしでかした失態を…。

そして、この先起こる波乱の数々を…。



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