第38話馬車
腹ごしらえをして、露店で買い物をしたら、馬車の乗合所の椅子で待つ。
竜を恐れてか皆フロレンツ達から離れて座っている。
フロレンツは座るのをやめて、乗合所の少し離れた場所から、馬車が来るのを待ち木にもたれてため息を吐く。
「やっぱり周りのみんなが慣れていっただけで、普通はこうなんだよな……」
『ん?』
「なんでもないよ」
フロレンツは笑顔でルルを見る。
ルルも心配そうな顔から笑顔になると、フロレンツの周囲をバタバタと走り始めた。
しばらくすると、乗合の馬車が到着する。
目的の自分の故郷方面の馬車で違いないようだ。
直通で故郷の村があった場所には行けないため、近くの村まで二度ほど馬車を変えての移動となる。
フロレンツが馬車代を払おうと手を出せば、御者は受け取ろうとしない。
「見てみー。ほれ、馬が怯えているじゃろ」
御者に言われて繋がれている二頭の馬を見てみれば、興奮して足をバタつかせている。
「悪いが他の馬を当たってくれ、うちの馬達は竜を恐れているようだ」
他の客達からも嫌悪の目で見られて、同乗する事は出来なかった。
城の馬はフロレンツに忠実で何も言わなかったため、馬の事まで考えていなかったが、ルルがいては馬車に乗れないのかもしれないと顔をうつ向ければ、ルルと視線が合う。
ルルは笑っていた。
『ねえ、馬に乗らないんでしょ! じゃあ私とデートだね!』
「え?」
『じゃあ行こう!」
フロレンツはひょいとルルに持ち上げられ、その背に乗った。
あっという間に空の上だったが、町からは悲鳴が聞こえた気がした。
呆気に取られていたフロレンツだったが、戦場とは違い、風景を楽しむ余裕があった。空から王都を振り返り、点で見える建物と王都の周りには森が広がる。
その広大な景色に感嘆の声が出た。
「綺麗だ」
『お空のデート♪』
「ありがとう。ルルちゃん」
ルルは首を傾げると、フロレンツの鼻先に鼻を当てる。
『どういたしまして!』
「じゃあ、このまま行くよ!」
フロレンツはルルが人から避けられる様を見て、落ち込んだ気持ちが吹っ飛んだ。
「ルル、あそこに川が見えるかい?」
『うん』
「じゃあ、川の上を飛んで行こう。ボクの故郷はこの川を北上したところにある」
『ハクジョー?』
フロレンツはクスリと笑うと飛んでいく方向を指を指す。
「んー。僕が指を指す方向に飛んでいってくれれば、いいよ。夜にはつきそうな勢いだけど、どこかの村で宿を取ろう」
『うん。ご飯とお布団』
「そうだね」
フロレンツは飛ぶルルの頭を撫でてやり、その先を見た。
見たくもなかった故郷に自然と帰りたいと思える事に、フロレンツ自身理由はわからなかったが、ルルがいれば、帰れる気がしたのだ。
懐かしいと思える故郷に。
*
王都に悲鳴が蔓延した。非番の女性騎士と共に昼食を取っていたレオニーは、忍ばせている短剣に触れて、食堂から飛び出すと、王都の門に近い場所から飛び立つ影があった。
「ルルちゃん……フロレンツ隊長?」
レオニーの心の中はどうしようもない不安に満たされていた。
休みを取って故郷に帰ると言っていたが、飛び立つ姿をみてしまうと、どこか遠くに行って帰ってこない気がしたのだ。
「ありゃ、派手に旅立ったんだねー」
「全くフロレンツ大尉は、王都を出てから竜に乗れば良いものを……」
緊張状態にあった女性騎士達は肩の力を抜き、食堂へと戻って行く。
レオニーも肩を叩かれ促されたため、食堂に足を向ける。
「私、置いてかれるの?」
バンと急に背中を勢いよく叩かれたレオニーは驚き、横にいる女性に目を向ける。
「コラリーさん……」
「しおらしい顔してないの。ただの休暇なんでしょ?」
「そうだよ。どれだけ重傷なのさ」
コラリーともう1人一緒に来ていたフロレンツと同期のミレイユも笑っている。
「そっか。せっかくの休暇なんだからフロレンツとデートでもしたかったか?」
「女は積極的にいかないとね……後悔しますよね。ミレイユ様?」
ミレイユは話を振られて顔を赤くする。
「なんだい。私はとうに吹っ切れてるさ……。まあ、フロレンツは素人には手を出さないからね。レオニーあんたは珍しくフロレンツに気に入られてるんだから、機会はあるさ」
ミレイユはそう言うと、さっさと食べかけの昼食がある席へと座り、食べ始めた。
ミレイユは35歳の豊満な体型で美しい女性なのだが、騎士という職業もあってか独り身だった。
「さっさと食べて買い物行くよー! 凱旋の後の安売りが始まってるんだ。早く行かなきゃ良い服が売れちまうよ」
ミレイユは不機嫌そうにバクバクと口に食べ物を運ぶ。
「ほら、レオニー。食べるよ。大丈夫、フロレンツ隊長は今や国の象徴の1人。簡単に騎士は辞めないよ」
「はい」
レオニーは少し心をおちつけて椅子にかけ、食事を取り始めた。
すると、ミレイユが口に物を含ませながら、モゴモゴと話し始める。
「レオニーだがそううかうかとしてられないぞ。噂によると叙勲を受ける関係で、もしかしたら爵位もって話があるらしい。今はこぞって若い貴族の娘が求婚の打診が来ているらしいぞ。元から顔は整っている方だからな」
コラリーは頭を抱えて、ニヤリとするミレイユに苦言する。
「ミレイユ様、今それを言っては……」
「大丈夫です。コラリーさん。大丈夫です」
そうはいって微笑んで見たものの、食べているご飯の味が分からなかった。
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