第44話戸惑い


「ベシエール男爵家三女のレオニー=ベシエールです」


 フロレンツはその美しさに見惚れた。思わず、目が彼女の白い肌を舐めるように見てしまう。


 いけないと、少し天井を仰ぐと、ルルと目があった。ルルも驚いているようだ。


 そして、ルルはレオニーのところへと向かう。


『レオニー! お姫様なの?』


 レオニーは首を傾げている。

 フロレンツはかしこまって胸に手を置くと、ルルの代弁をする。


「レオニー様、私の竜が貴方様は姫なのかと申しております」


 レオニーは頬を赤くすると、手で頬を覆う。


 本当であれば、いろいろと聞きたいところだが、第三者の目がここではあるため、詳しい事が聞けない。


 そして、婚約者の条件が整ってしまった。


 レオニーはいつものようにルルの頭を撫で、ルルも身を任せている。


 フロレンツの隣に座る文官がリストに大きく丸をつけてしまっている。


「私が退役する事は……」


「知っています。家で知らせの手紙を読みました」


 レオニーは何故かフロレンツを睨みつけて来ている。やはり文官がいるからか言いたい事があるのに言えないという事らしい。


「少し二人にしてもらってもいいかなブランさん」


 ブラントいう文官に声をかけ、使用人達も踏まえて、部屋の外へと出て行ってもらった。


「やあ、レオニー。いやレオニー様」


「おやめください。隊長」


 フロレンツは首を横に振り微笑みかける。


「もう隊長ではなくなりますよ」


「分かっています。フロレンツ様」


 二人の中に沈黙が流れる。レオニーは唇を噛み締めている。

 スッとその固く結ばれた唇にフロレンツは指でなぞる。


「僕は隊長でなくなる。君の隣にはいられない。そして、伝えねばならない事がある」


 レオニーは言葉を発せずに、頷く。


「僕は叙勲式が終わったら、旅に出るよ。だから、爵位を与えられても屋敷は持たない。それは、陛下や殿下にも伝えてある」


 レオニーは目を丸くさせた後、その瞳を潤ませた。伝う涙をフロレンツはハンカチを使って拭って行く。


「だから、君とも誰とも添い遂げる事はしない」


「隊長……いえ、フロレンツ様、矢面に立たせて下さい。せめてこの王都にいる間、婚約者という形にして下さい。そうすれば、こんなことに時間を取られる事はなくなる」


 フロレンツは首を横に振る。その顔をレオニーは目に涙を溜めて見上げる。


「そうすれば、君の評判に傷がつく。英雄を逃した女とね……それはできないさ」


「私はただフロレンツ様のお役に立ちたいのです」


「自分で降りかかった火の粉は払うよ。だから、君は何も心配しないで……。家の都合でこういう立場に立たされているのは分かる。だから、今日のところはお引き取りを……」


 レオニーはフロレンツの肩に体を寄せる。

 そのか細く震える肩をフロレンツは優しく包んだ。


「レオニーありがとう」


「フロレンツ様……私は」


 トントンと扉をノックする音が聞こえる。

 ルルがいつの間にかに、ドアをノックしたようだ。


 用件が済んだと思ったブランや使用人たちが部屋へと戻ってくる。


 フロレンツは最後にレオニーの涙を拭ってやり、微笑みかけ、背中に触れ扉まで連れ立った。


「本日はわざわざお越しいただきありがとうございました」


 レオニーはスカートの裾を少し持ち上げ、令嬢らしい挨拶をしてから扉は閉められた。

 フロレンツは扉がしまったことを確認すると、ブランに告げる。


「交渉決裂となりました。今回の婚約者候補は誰一人としていません」


「かしこまりました。そう、報告させていただきます」


 フロレンツの婚約者選びも終わり、心残りはできたが、この王都で行う叙勲式を残す事となった。

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